ス。伸子は、そういう窓外の景色を眺めながら、
「ここでは夜芝居の帰りみちがこわいわ。街燈がなかったことよ」
と云った。それは一つの理由で、この大柄で目つきがきつく、冷やかで陽気な主婦は、伸子たちがおじるような胸算用のきびしさを直感させた。
 劇場がえりが、女ばかりだから遠い夜道はこわいということは、眼つきのきつい主婦も認めた。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]では何よりむずかしいとされている室さがしを伸子たちにたのまれたマリア・グレゴーリエヴナ[#「グレゴーリエヴナ」は底本では「グリゴーリエヴナ」]は、何かのつてでやっと手に入れた所書きだけをたよりに、自分でも先方のことは知らないまま、伸子と素子とを連れて見に来たのだった。
 その家を出てまた雪道をバスまで戻りながら、伸子は、自分たちのモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]暮しも段々とモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]市民生活の臓腑に近づいて来た、と思った。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の臓腑は赤い広場やトゥウェルスカヤ通りだけでは分らない色どりと、うねり工合と、ときに悪臭と発熱とで歴史の歯車にひ
前へ 次へ
全1745ページ中226ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング