を見直した。こんな低音でものを云うひとに、はじめて出会った。それが自然の地声と見えて、ノヴァミルスキーというその人は瀬川に紹介された伸子たちに、やっぱり喉仏が胸の中にずり落ちてでもいるような最低音で挨拶した。彼の手には、さっきゴルシュキナが、もう一つのデスクの婦人にわたした水色の紙片がもたれていた。
「一寸おまち下さい」
その室を出て行ったノヴァミルスキーは程なく戻って来た。そして、
「カーメネ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]夫人は、よろこんでお目にかかるそうです」
例の最低音で云いながら、社交界の婦人にでもするように伸子たちに向って小腰をかがめた。
ドアの開けはなされたいくつかの事務室の前をとおりすぎて、三人はその建物の奥まった一隅に案内された。たっぷり首から上だけ瀬川より背の高いノヴァミルスキーが、一つのドアの前に立って、内部へ注意をあつめながら慎重にノックした。若くない婦人の声が低く答えるのがきこえた。ノヴァミルスキーは、ドアをあけ、
「プロフェッソル瀬川」
と声をかけておいてから、
「さあ、どうぞ」
自分はそとにのこって、ドアをしめた。
そこは、明るい灰色と水色
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