ス。伸子は、ウメ子の手紙にかかれている高畠という町のあたりは知らなかったが、雨の日の奈良公園とそこに白い花房をたれて咲いていた馬酔木《あしび》の茂みは、まざまざとして記憶にあった。春日神社の裏を歩いていたら古い杉林の梢にたかく絡んで、あざやかに大きい紫の花を咲かせていた藤の色も。その藤の花を見た日、伸子は弟の和一郎とつれだって石に苔のついたその小道をぶらぶら歩いていた。
ウメ子の手紙を封筒にもどして、伸子はもう一通をとりあげた。ケント紙のしっかりした角封筒の上に、ゴシックの装飾文字のような書体で、伸子の宛名がかいてある。さきのプツンときれたGペンを横縦につかって、こんな図案のような字をかくことが和一郎のお得意の一つだった。その封筒のなかみは、泰造、多計代、和一郎、保、つや子と、佐々一家のよせがきだった。つや子が、友禅ちりめんの可愛い小布れをはってこしらえた栞《しおり》がはいっていた。「今日の日曜日は珍しく在宅。一同揃ったところで、先ず寄書きということになりました。」年齢よりも活気の溢れた泰造の万年筆の字が、やっぱり泰造らしいせわしなさで、簡単に数行かいている。「近日中に母はまた前沢へ
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