驍ョらい、平気なのよ。すこしの間恥しいのを辛抱すれば、それでいいんですもの」
 船で、小枝が夜の服に着かえてから、多計代の和服の帯をしめる。暑い船室でのその仕事は、せっかく身じまいした小枝に汗をかかせて、薄い、きれいなレースや何かの夜の服の背中まで汗をにじませることがある。和一郎は、そういう小枝を見ると、不機嫌になるのだった。
「和一郎さん、それは御亭主のエゴイズムというものよ」
 伸子は、気のつまる話の末に、くつろぎたくて、
「そりゃ、小枝ちゃんみたいに、きれいな若い奥さんをもてば、汗をかかせている姿なんか見せたくないでしょうけれどね」
と、すこし笑った。
「小枝ちゃんの、いいところよ。そういういいところで、和一郎さん、もしかしたら、あなた小枝ちゃんの御亭主になれているのかもしれないのに」
 しかし、和一郎は、むっとしている顔つきをゆるめず、白眼の光る視線で伸子をちらりと見た。
「僕は、そういう自分の気分で、小枝のことをいうんじゃないんだ。小枝だって、僕の気もちを、姉さんにそういう風に話すなんて変だ。僕は、おっかさんの、あの荷物がいやなんだ」
 伸子の顔にも緊張があらわれた。和一郎は、保の分骨がはいっている錦のつつみものをさしているのだった。パリへついてからずっと、それは、いま二人とも出かけていないアンテルナシオナールの泰造と多計代の室の、奥に並んだ二つの寝台の間におかれている枕テーブルの上に飾られてあるのだった。
「僕たちにしろつや子にしろ、みんなおっかさんは気の毒だと思って、それぞれにやって来ているんだ。そうでも思わないんなら、ここまで来るもんか。それだのに、おっかさんときたら、ちょっと何か満足することがあると、そういうことは何でも彼でも、『彼』のおかげにするんだ。僕たちがやったことでもだよ。そして僕たちは、あらいざらいの気にくわないことの張本人にされる。生きてるものが、そんなに死んだものの犠牲にされるなんて、あることかい? そんなに『彼』がいいんなら、おっかさんは何だって、袋をもったりタクシーを止めたりすることだって『彼』にさせればいいんだ」
 和一郎が、多計代の携帯品である錦のつつみをきらう原因は、ただ保の肉体についての思い出からばかりではないのだった。
「僕は、ホテルの女中でも、あれを何かと間違えてなくしちゃいでもしたら、かえっていいと思ってるくらいだ」
 つや子は、一人ぼっちで誰もいないひろい両親の室へ臥ているのをいやがって伸子、素子、和一郎、小枝とつまっている室の、一つのベッドにはいっていた。
 若い四人は、つや子を眠ったものと思い――そう思ったというよりむしろそこにつや子がいるのを忘れて話していた。
 和一郎のはげしい語気に、たれ一人口をきくものがなくて、ひっそりしたとき、伸子はふと、ベッドのなかでつや子が泣いているのに気づいた。伸子は、思わずはっとした。目で、ほかのものの注意をつや子のベッドの方へ向けさせた。
「つや子ちゃん、ごめんね」
 伸子は立って行って、白い掛けものに顔をかくして泣いているつや子の、少女らしく汗ばんだ肩を撫でた。
「みんなであんまりいやな話ばかりして、泣けた? 大丈夫よ。ね。いちど話して、これから、気もちよくやるようにするんだから」
 つや子は、伸子の頸に片方の腕をまきつけて、伸子の顔を涙でびっしょりになっている自分の顔にすりつけた。そして、しゃくりあげながら、
「そうじゃないの、そうじゃないの」
とささやいた。
「いいの、お兄さまが、みんな話すの、うれしいの。このひと、ほんとにどうしていいかわからなかったんですもの。――保ちゃんみたいに死んでしまえば、お母様は、このひとも可愛がってくださることと思っていたんだもの」
 伸子は、だまってきつくつや子の体をだきしめた。伸子の眼にも涙があふれた。

        五

 うちのものがパリへ来てから、その日はじめて伸子は父の泰造と二人きりで外出した。ひるすこし前にいつものように親たちのとまっているホテル・アンテルナシオナールへ伸子が行くと、めずらしく泰造がまだ室にいて、手袋を買わなければ困ると云っているところだった。
「だって、あなた、この暑さに――手袋なんて」
 小規模な上に、設備の不十分なホテル暮しで、じき七月十四日のパリ祭をむかえようとする都会の暑気を多計代は凌ぎがたく感じはじめているのだった。
「こっちの習慣で、夏でも正式の訪問には、手袋をもっていることになっているんですよ」
「おやおや。はめるためじゃなくて、持っているための手袋なんて――暑いのに御苦労さまだこと」
 多計代は、そういうパリの習慣をおかしがるように、また、年をとっても外国の習慣には従順であろうとしている泰造を、おしゃれだと思っている眼で、娘をみて笑った。
「丁度伸ち
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