ニのない身なり化粧の女たちが、多勢あちこちにたたずんだり、ぶらぶら歩いたりしていた。泰造と伸子とは、そのロビーの植込みのかげにひっこんだしずかな一隅で、トマス・クック会社の店の男と明日のパリ行列車の切符についてうち合わせた。伸子は、船で一緒だった人々と別れて、六人もいるうちのものだけ、特二等という車室にすることを力説した。トマス・クックの店のものの説明によると、その車室は、マルセーユ※[#二分ダーシ、1−3−92]パリ間だけに接続されるもので、アメリカからの観光客のために、プルマン式に、開放的につくられている車室だった。きょうマルセーユについた外国船はカトリ丸一艘だから、あしたその車室もすいているというのだった。
「わたしはその車室を推薦します。四十日間小さい箱に入って旅行して来た人たちには、開放された席の方がいいでしょう」
 トマス・クックの男に伸子はそう云った。
「ねえお父様、一等にしなけりゃほかの人たちに対して御都合がわるい? さっきみたいなことが、あした汽車にのっている間じゅうつづいたら、面倒じゃない?」
 ホテル・ノアイユには、その日カトリ丸から上陸するとすぐにパリ行の列車へのってしまわなかった、幾組かの日本人がとまっていた。晩餐のために食堂へ出た佐々の六人が円くかけたテーブルは、間接照明にてらされている大食堂の、噴水の奥で、水滴の音の爽やかな気持のいい場所だった。木《こ》がくれたような風情をもったそのあたりには、金色のスタンドをつけて、幾組かの粋《いき》な二人用小卓もしつらえられているのだった。海辺のホテルでの献立には新鮮な魚介もあって、多計代は満足した表情で、あたりを見まわしていた。その多計代の目が、ふと、そのどれにも、華やかな夜のなりをした女と男とむかいあっている小テーブルの一つにとまった。
「おや、小枝さん、あすこのテーブルは、大高さんじゃないかい」
 前から、その小卓に、眼隈の濃いマルセーユの女とさし向いでいる日本人に気づいていたらしい小枝は、
「さあ」
と、云ったきり、そちらを見ようとせず、うっすり赧い顔になった。
「そうだろう? 和一郎さん」
「よくわからない」
「おかしいこと! みんな急に目が悪くでもなったようだね。わたしの眼はわるいけれど、ちゃんと見えますよ」
 銀色のシャンパン冷しをわきにおいたテーブルの上に両肱を立て、こちらに横顔を見せながら女に何か囁いていたその半礼装の日本の男は、あいての女の視線が急に好奇心でひきつれられた方角を追いかけて、ひょいと佐々の家族が囲んでいる円卓の方へ、酔いの出ているその顔を向けた。彼はすぐ顔をもどして、女に何か云い、女もほほえみをたたえたままじっと多計代の和服姿に注いでいた視線をそらした。伸子のかけているところからはすっかりその様子が見えた。
 多計代は、食慾をそこなう不快なものをさけるように、椅子の上で少し体をむきかわらした。
「けさのけさまで、あんなに奥さんのお産を心配しているようなことを云って、みんなの同情を買っておきながら――あれが、大任を負った軍人さんのすることだろうかね」
 困った表情で、泰造は、用のすんだ献立表をまた手にとって見るようにしながら、
「船でのつき合いは、船の上だけということにしておきなさい。そういうものだ」
「そりゃそうでしょうけれど」
 なお執拗に多計代はこだわった。
「ひとをふみつけるにも程がある――」
「おかあさまあ」
 いとわしそうに、悲しそうに、つや子が大粒のダイヤモンドで飾られている母の手をひっぱった。
 食堂につづいたテラスへ出てコーヒーをのみながら、多計代は、船旅の模様を知らない伸子あいてに、また大高の話題へもどった。ひまをもてあましているカトリ丸の一等船客たちのサロンで、飛行将校である大高が、自分の優越感をたのしみながら、愛国の情に感激した調子で、飛行機の秘密をさぐるためにイギリスへ派遣されてゆくことについて講演したりした雰囲気が、多計代の話ぶりから伸子にもまざまざと描かれた。
「どんな小さい秘密でも、知る機会があったら国のために協力してほしい、なんて云っておきながら。――あの様子を見せられちゃ、口車だとしか思えやしない」
 大高の上陸第一夜の放蕩についてそれほど不機嫌になって拘泥する多計代の心理を、伸子は単純に、いつもの母の正義派がはじまったとだけ理解した。
「ひとのことはひとにまかせておおきなさいよ、おかあさま」
 伸子は、淡白に云った。
「外国へ来て、ひとはどうせいろんなことをするんだもの。厚かましいやりかたにはちがいないけれど、いちいち、それを気にしていちゃ、御自分が愉快になるひまがなくなってしまう」
「伸ちゃんは、あいかわらずだ」
 まるで、一年半わかれていても、そういう伸子を見出すのを待って来たとでもいう
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