ェどうであるにしろ、父も母も、うちのものみんなは、パリにいる伸子というものを心あてにして四十日の航海をして来ているのだった。あしたはたった一人で出迎える自分として、できるだけ賑《にぎ》やかに、みんなを迎えよう。伸子はそう決心した。
翌朝、九時すこし前というのに、もう暑いマルセーユの波止場で、タクシーからおりたった伸子の腕には、大きな花束が抱えられていた。そのほか、グリーンのリボンでぶら下げられている、ふざけた顔つきの青びろうど製のむく犬。同じようにバラ色のリボンにつられて、薔薇の花びらを重ねたように華やかなスカートをふくらませているフランス人形。そんなものが女学生っぽい伸子の身のまわりにひきつれられている。埠頭には、船腹に赤錆を出した、見っともない船が一艘《いっそう》横づけになっていた。パイプをくわえた波止場人足が多勢、ぶらぶら仕事のはじまるのを待っている。その辺に出迎人らしいものと云えば、ひさしの人に金モールでホテルの名をぬいだした丸形帽をかぶったホテルの案内人が二三人いるぐらいのものだった。伸子は、てっきり埠頭がちがうと思った。そこにはいっている船はどうみても貨物船だった。伸子は、万一そういうことになってはと思って、わざわざホテルの帳場へ玄関番をよんで、タクシーの運転手にカトリ丸の着く埠頭へ行くようにというようにたのませたのに。――
タクシーからおりて、埠頭のよごれた小さい船を見たとき、伸子はすぐ、わきにいたオヴァー・オールの太った人足に、
「これ、カトリ?」ときいた。
「ウイ・ウイ」
花だの人形だのを腕からぶらさげた伸子は、まっすぐ船腹の真下まで行って、また心配そうに、
「これ、N・Y・Kライン。カトリ?」
ときいた。パイプをくわえた大男の労働者は、伸子の様子を見おろして、興がったような同情的な笑顔になった。
「ヴォア・ラ・マドモアゼール。カトリ!」
とまっている船の方へ片手のひらを上むけに大きくふりながら、その上甲板を見上げた。
手ぶりにつれて見上げると甲板と甲板との間にはさまれたように馴れない目に見わけのつかない、いくつもの顔が並んで、波止場を見おろしている。
伸子は、その人の姿の間に、日本服を着た女の上半身を認めたように思った。それは、多計代でも、小枝でもない、別の日本の女のひとだった。しかしそれで元気を得た伸子は、一心に首をもたげて、横歩きしながら上甲板の端から見えている一つ一つの顔をしらべて行った。あるところへ来たとき、いきなり伸子は全身で爪立って、花束を大きく左から右へ、右から左へとふりはじめた。父の泰造が見つかったのだった。つづいて、つや子がわかった。小枝もいる。母が見えた。そして、和一郎も。
船の上でも、まばらな波止場人足の間にぽっちりと一人まじって、花束をふっている伸子を見わけたらしかった。そこにざわめきがおこって、泰造が盛に帽子で合図をはじめた。つくん、つくん、とび立つような子供らしい手のふりかたで、つや子があいさつをよこした。多計代も和服のたもとをひるがえして高く手をあげた。
それにこたえて、伸子は花ばかりでなく、こんどは青い犬ころと人形とを、ゆるく大きく、輪をかくようにふりまわしはじめた。船の顔々がそれを見おろして笑っているのがわかった。伸子も、笑いながら、
「みんなの顔が見えることよウ」
と叫び、ますます陽気に犬ころと人形とをふるのだったが、そうやって賑やかに笑っている伸子の眼のなかには涙がにじんだ。
何という多計代の変りかただろう。伸子が東京を立って来たころは、いつもふっさりと結ばれていて、多計代らしい派手ごのみだったひさし髪は、ひきつめられて前がみのほとんどない、髪のゆいぶりにかわっている。白粉《おしろい》こそ刷かれているようだけれども、黒い陰気な光線よけレンズに眼はかくされ、さだかでない視線のなかにいる伸子に向って途切れがちに手をふっている肩はやせて、衣紋《えもん》の正しい夏衣裳は骨だって見える。
多計代は変っていた。その多計代が、インド洋をとおってフランスまで来た。この事実は、伸子に同情以外のすべての感情を忘れさせた。
伸子は、泣きそうで喉をぴくぴくふるわしながら、船の上から見ている人たちへ向けている顔の笑いは消すまいと努力して、なおつよく花束や犬ころをふりつづけた。
上甲板に見えていた泰造がいなくなったと思ったら、やがて誰もいない中甲板の手すりのところに彼の姿が再び現れた。近眼の伸子にも、そこまで近づいた父親の顔は手にとるように見わけられた。泰造は、帽子をふり、伸子を見、笑って、そして泣いている。泣いて、笑っているその父の顔を見たら、伸子は、上甲板に向って花束や人形をふりながら、足もとがよろつきそうなこころの激動を感じた。泰造の表情は、保が死んでからの動坂のう
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