Cンテリゲンツィアがその文化力で、資本を支配してゆくべきなんです」
「だって――それじゃ、オーエンだわ」
 伸子が、おどろいた眼で黒川を見つめた。
「そう云われるだろうと実は、はじめっから思っていたんです。失礼ながら、あなたがたは、ボルシェビキの理論しか御存じないから……」
 黒川隆三はパッと音をさせてマッチをすり、改めて素子のタバコにも火をつけてやりながら、
「ボルシェビキの理論にしたがって、革命になったら、一つ佐々伸子さんがプロレタリアの側に移ったところ[#「プロレタリアの側に移ったところ」に傍点]を見せていただきましょうか」
 それは伸子の心に、彼に対して憎悪をわかせる云いかただった。黒川は声をたてて笑った。
「佐々伸子さんが、プロレタリアになって、小説なんかやめて、どこかのホテルの掃除女になるってわけですか」
 たかぶる感情をしずめようとして伸子が沈黙しているのを、黒川は自分の意見に彼女が説得されはじめたと思ったらしかった。
「僕は人道上から、そういうことは許せません。佐々さん自身にしたって、事実がそうなって現れたとき、それにたえることはできないにきまってるんだ。ボルシェビキのすることをごらんなさい。プロレタリア独裁がはじまるとすぐ、それまでは仲間づらをして利用したインテリゲンツィアをどう扱いました?」
 そういう黒川の一つ一つの言葉は、きいている伸子の心に百の抗議をよびさまして、それを黒川へ直接の悪態とならないように、順序だてていうためには伸子の全心の力がいった。伸子は、そっと深い息をひとつして、
「よくて、黒川さん」
 ふだん話すときより、二音程ばかり低い声で云い出した。
「あなたは、大変上手に、率直に云えば人をひっかけるようにお話しなさいます。だけど、それは間違いよ」
 何か云おうとする黒川を伸子はおさえて、
「第一に、インテリゲンツィアは、労働者階級や資本家の階級のような意味での階級ではありません。それから、社会主義は文化だけの問題ではあり得ないんです。社会の生産とその経済関係が基礎です。それから政治よ。インテリゲンツィアがプロレタリアート側に移行するっていうのは、わたしが掃除婦にならなければならないってことではないんです。作家そのものとして、歴史の発展的な方向に立ってプロレタリアートの立場から社会をよくしなけりゃ、芸術も文化もそのものとしてのびないことは明白です。――ルナチャルスキーはインテリゲンツィアよ。レーニンだって。マルクスだって、インテリゲンツィアよ」
 もし革命になったら、というような前提で話すことさえ、伸子にはうけ入れられなかった。伸子は現在の自分が革命家というものであると思っていなかったし、将来そういうものになるとも思っていなかった。しかし、人類の歴史の前進という意味で、伸子はどういう過程でどう現れるのかはわからないながらも、革命というものについて、うけみにばかり感じているのではなかった。でも、それは伸子の心の奥の奥にひそめられている小さくて熱いものだった。議論の中で話す種類のことでもないのだった。
 黒川隆三はしばらくだまって、ひろい外気の中へタバコの煙が消えてゆくのを目で追っていたが、そのうちに自分の心の中の重点を一つところからもう一つのところへおきかえた風で、
「なかなか、頑強ですな。おどろきましたよ」
 こんどは声を立てない笑いかたで笑った。
「もっとも御婦人てものは、一旦こうと覚えこまされると、あたまが単純だからなんでしょうな、なかなか理性的に方向転換できにくいものと見えますからね」
 さっと手をのばしてそういう黒川のネクタイをつかむように、
「とうとうそれを出したね」
と素子が云った。そして、棗《なつめ》形のきめのこまかい顔を上気させた。
「黒川君のまけだよ。男が女と議論して、それを出したら、白旗だ。――認めませんか」
 言葉の上では冗談のようでもあり、黒川に迫っている素子の眼の表情のうちには冗談でない真剣さも閃いている。
「なにしろ二対一だからね」
 態度をあいまいにして、黒川は譲歩した。
「外国じゃあ、あらゆる場合に御婦人を立てる習慣ですからね」
「――そんなことじゃないさ!」
 三人とも三人の思いでだまりこんだ。そのままなおしばらくはそこで休んでいた。
「そろそろ行きましょうか」
 そう云いだしたのは黒川だった。三人並んでカール・マルクス館の廻廊をぬけ、またシュミット爺さんが住んでいるというドアのわきを通りがかった。けれども、黒川はもう一度そこをノックして見ようとはしなかった。みんなは入りまじった音で砂利をふみ、表門を出た。ウィーンもこの辺の労働者街になると歩道が未完成で、歩くだけの幅にコンクリートがうってあるのだった。

        六

 予定どおりにウィーンを立って、
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