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農民がぐるりと三人をとりまく集団の効果は、テムポも圧力も予期に近づいた。エイゼンシュタインは、そのときはじめて、
「ハラショー」
と腰をもたげた。カメラがのぞかれ本式の撮影にすすんだ。
ソヴ・キノのスタディオから帰りに伸子たちのとまっているパッサージ・ホテルへよった中館公一郎は、映画監督らしいしゃれたハンティングをテーブルの上へなげ出して、
「われわれにこわいものがあるとすれば、あの根気ですね」
と、椅子にかけた。
「しかもそれがエイゼンシュタインばかりじゃないところね。――それにしてもいい助手をもってるんだなあ」
素子のタバコに火をつけてやり、自分のにもつけて、うまそうに吸い、中館はいい助手をもっているエイゼンシュタインをうらやむような眼ざしをした。
「ちがいがひどすぎますよ。徹夜徹夜で、へとへとに煽って、根気もへちまもあったもんですか――あのみんなが腰をすえてかかっている根気よさねえ――あれが計画生産の生きてる姿なんです」
伸子もその日はじめてソヴ・キノの大規模な内部をあちこち見学した。一九二八年度のソヴ・キノ映画製作計画表も説明された。その中では文化映画何本、教育映画何本、劇映画何本、ニュース幾本と、それぞれに企画されていた。
「こういう企画でやっていますから、われわれは資材のゆるすかぎり、適当な時が来ると次の作品のためのセットから衣裳、配役その他の準備をします。しかし、残念なことに、まだ革命からたった十年ですからね。ソヴ・キノは決して必要なだけの設備をもっていません、もう五年たったら、われわれは遙にいい設備をもてると信じています」
スポーツのスタディアムのように天井の高いセット準備室から別棟のフィルム処理室へと、きのうの雨ですこしぬかるむ通路を行きながら中館公一郎は、
「あきれたもんですね」
と、わきを歩いている伸子に逆説的に云った。
「俳優から大道具までが八時間労働で映画をつくっているなんて話したところで、本気にする者なんかいるもんですか」
ソヴェトへ来てから、映画におけるプドフキンとかエイゼンシュタインとかいう監督の名は、いちはやく伸子たちの耳にもつよくきこえた。その一つ一つの名を、伸子は何となし文学の世界でバルビュスとかリベディンスキーという名が云われるときのように、そのひとひと固有の達成の素晴らしさとしてききなれた。ソヴェトでもこれらの監督たちは新しい映画の英雄のように見られてもいる。
小柄な体としなやかなものごしをもって、柔軟の底に見かけより大きい気魄をこめている中館公一郎が、エイゼンシュタインの才能について多く云わないで、いきなりそのエイゼンシュタインに能力を発揮させているぐるりの諸条件につよい観察と分析とを向けていることが、伸子にとって新鮮な活気のある印象だった。中館公一郎がもちまえの腰のひくいやわらかな調子で、エイゼンシュタインは偉いですよ。そりゃたしかにすごい偉さなんでしょうけれどもね、というとき、彼の言葉のニュアンスのなかには、同じ仕事にたずさわるものに与えられている世間の定評に対する礼儀と、その礼儀をはねのけている芸術上の不屈さが感じられた。それは、伸子にも同感される感情だった。映画監督としての才能そのもので中館公一郎は、あながちエイゼンシュタインを別格のものとしているのではないらしかった。彼にとっては、エイゼンシュタインよりむしろソヴェトの映画製作そのもののやりかたが重大な関心事なのだった。ソヴ・キノのスタディオからかえったとき、素子が、
「あの棒はいい思いつきだったじゃありませんか」
と、云ったのに答えて中館は、
「棒をつかってみようとするところまでは、大体誰しも考えることなんじゃないのかな」
と云った。
「ただ棒のつかいかたね……そこのところですよ」
つづいてドイツ映画の話も出た。伸子がモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ来たウファの『サラマンドル』という映画をみたことを話した。
「ユダヤ人の学者が迫害されて、外国へ逃げる話なんですけれどね、へこたれちゃった。その学者が深刻な表情をしてピアノをひくと、グランド・ピアノの上におそろしくロマンティックな荒磯の怒濤が現れるんですもの」
「ヤニングスみたいな俳優にしろ、もち味がいかにもドイツ的でしょう」
中館の言葉を、素子が、かぶせて、
「でも、ヤニングスぐらいになれば相当なものさ」
と、ヤニングスの演技の迫力をほめた。
「リア・ド・プチとヤニングスのあの組み合わせなんか、認めていいものさ」
「中館さん、あなたにベルリンてところ、随分やくにたつの?」
伸子がむき出しにきいた。
「そりゃあ……日本から行って役にたたないってところの方が少ないんじゃないかな」
「わたしには、ドイツの映画、なんだか分らないところがあるんです
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