ナ、心ひそかにおどろくのだった。パリの人々は何と生気にみちていて、同時に冷静だろう。と、あいての気をちっともわるくさせないで、グラン・ブル※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ールの外国人たちのたのしみのための生活とパリの市民である自分たちの現実とを、まぜこぜにしないで独特に生きている。
つい二三日前、伸子と素子とは、商業区域にある日仏銀行へ行った。道幅がせまくて忙しいリュウ・カンボンがもう一つの町筋と合流してマデレイヌへ出るあたりの雑沓は激しくて、歩道を足どりの速い男女が互に追いぬきながら往来しているばかりか、車道のこみあいかたがひどかった。自家用車にまじってそれより更に沢山の、例の濃い葡萄酒色のパリ・タクシーが、前の車のバンパアにくっつくようにして、ふたすじの狭い街の奥から押し出されて来る。そして、マデレイヌへ出る三つまたへさしかかった途端、今までさきづまりでのろのろ動いていた自動車という自動車はいちどに生きかえったような速力をとりもどして、右に左に素早くカーヴを切って疾走してゆくのだった。が、その一隅の光景はみものだった。ベルリンだったらどんなにか赤・橙・青と三色の交通信号が気やかましく明滅して、車の流れを一方で止め一方で進行させ、歩道の人の歩みもそれにつれて規制しずにはおかない場所だろう。パリのその交通劇甚の三つまたにあるのは、マデレイヌからふたすじの街通りへ向って三角州のようにつくられている安全地帯一つきりだった。二つの街ぐちからあふれて来る自動車の密集した流れはその三角州をめぐって、たくみに互を牽制し、かわし合い、六月のパリの燕の群がとび交うようにそれぞれの流れのリズムですー、すーと軽快にカーヴを描いて走り去る。その地点を、どちらかへ横切ろうとする通行人たちは車道のまんなかの三角州に立っていて、数人かたまったところで、これもパリ人らしいかん[#「かん」に傍点]で、絶え間ない自動車の流れの間にちょっとしたいきの切れめを見つけ、一団になったままさっと車道をのり切って行く。自動車の流れの大きい力強いカーヴ。そこを、鮎のひとむれのように柔かくかたまってすっ、すっとつっきる通行人。鈴懸の若葉の下に動いてやまないその街の光景には引しまったリズムが躍った。
同じような光景は、もっと街上の壮麗さに飾られて凱旋門の周囲にも眺められた。パリを貫く十二の大通りが凱旋門を中心にこの|星の広場《プラース・ド・レトアール》から放射している。それら十二のブル※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ールから絶えず流れ出して来る自動車の群は、互の環にとけこみながら遠心力のこころよさを味うように凱旋門をぐるっとまわって、やがてそれぞれの街の入口へかかると、大きな円周ではしって来たリズムそのままふっ、ふっ、とそちらの方へ吸いこまれてゆく。伸子は、シャンゼリゼーとエトワールの角に立って、しばしばそのリズムに見とれた。この運動の感覚――正確なリズムと線の伸縮。そこには、音楽があり、舞踏の感覚があった。そしてパリでは、こういう感覚を描き出しているのが鳥打帽をかぶっている人々だということについて、伸子は云いつくされない感銘を与えられるのだった。パリの労働者たちは山高帽をかぶってはいなかった。
凱旋門のどっしりとした内壁の中央の地上には、ヨーロッパ大戦の無名戦士の墓があった。昼も夜も、そこは無名戦士に捧げられた一つの燈が燃えつづけ、墓の左右に一人ずつ今も当番の兵が立っていた。エトワールのこの光景は、グラン・ブル※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ールの生に飽和した雰囲気に対して、きわめて独特な効果を与えるようだった。壮重に、美しく、様式化されている無名戦士の墓の悲傷の象徴は、ブル※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ールの外国人たちに、あらわな戦争の惨禍を見せつけることはしない。生にまじる死さえ、パリでは一つの忘れがたいニュアンスであるかのように風景のうちに織りこまれている。ロンシャンの競馬場をふくむブーローニュの森《ボア》に通じる公園通りは、パリでよりぬきの金もちの邸宅を街すじの左右に構えさせながら、このエトワールからはじまっているのだった。
伸子は素子とつれだって、あらかた毎日をあちら、こちらの街なかで暮した。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]がそうであったように、パリも、全く別の極点で伸子を熱中させずにおかないものをもっていた。でもそれは何なのだろう。パリの何が伸子をそんなに刺戟しているのだろう。伸子たちがブル※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ールのまわりにいるのは夕方までだった。プラタナスの若葉を梳いていた西日が、細くふるえる金の線になって、マデレーヌ寺院の裏側のせまい石じき道に昼間の紙くずが、うすよごれたごみに見えはじめるころ、伸
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