ゥらベルリンにいたということだった。伸子がその同じ十二月にパリからモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ帰るとき、列車を乗りつぐ時間、ベルリンにいた。往きにベルリンで暮した数日の間つきあった川瀬勇にも会ったが、蒲原という名は話に出なかった。蒲原は、一ヵ月はモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]に滞在して、ロシア画家の作品ばかりを蒐集してあるトレチャコフスキー美術館や新しいプロレタリア画家たちの仕事について知りたいというのだった。
「僕のドイツ語はたよりないんですが、僕の画を見た上で、こっちのプロレタリア美術家連盟へ紹介してもらえるかもしれないらしいんです。もしそういうことになれば、僕がここで何か描いて、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]にいる間の費用ぐらいは出そうなんですが――」
 蒲原と伸子とが、待ちあぐねかけたとき、ノヴァミルスキーが部屋へ戻って来た。
「およろこびします。ヘル・カンバーラ」
 彼はドイツ語でそう云いながら、安心と戸惑いで若い顔をうすくあからめた蒲原の手を握った。
「サッサさん。カンバーラさんの絵の技術は、美術部で承認されました。すぐ、プロレタリア美術家同盟への紹介を彼におわたしします。同盟は彼に仕事を与えます。そして、経済上の援助もいたします」
「ようございましたこと!」
 伸子は、ノヴァミルスキーが云ったとおりを蒲原につたえた。
「深く感謝します」
 礼をのべながら、蒲原順二は、まだ知りたいことがのこっているという風な瞬きをした。伸子もその気もちは同じだった。
「それでは、同盟の事務所へ彼を案内すれば、彼の宿を紹介してもらえるでしょうか」
「そのことです、サッサさん」
 ノヴァミルスキーは、バスの声を一層低いバスにして、
「あなたの御親切に期待しなければならないところです。われわれは彼に仕事を与えることは出来ます。しかし残念ながら宿の世話は困難です。――彼はモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ来るまでの金をもっていたので、目下のところ宿のために支出することができないんです」
「そうなの? 蒲原さん」
「小遣いぐらいは何とかなるんですが……」
 ノヴァミルスキーは、
「そういう次第なんです」
 おおきくうなずいて、伸子の眼を見た。その灰色の眼をじっと見かえしながら、伸子は、ひとこと、ひとこと考えてみながら云った。
「御存じのとおり、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]では外国人に個人の室をかさないことになっているから、わたしは、彼をどう落付け[#「落付け」に傍点]ていいのかわかりません」
「――さてね――」
 そのことは、ついノヴァミルスキーの念頭にもなかった風だった。
「全然知っていないひとをつれてゆくのなら、ヨシミさんに、電話しなければよくないでしょう」
「その通りです!」
 素子は、案外あっさり蒲原順二がホテル・パッサージへ来ることを承知した。
「よござんすよ、そんなわけなら、長いことでもないんだし、この室へもう一つの補助ベッドを入れさせましょう。朝のお茶はどうせ大したことないんだから一緒にして、正餐《アベード》は別。いいでしょう? あなたは補助ベッドの代を自分で払って下さい。二ルーブリ、ちょっとだから」
 濃くてこわい日本人の髪の毛を、あっさり左わけにして、いくらか反っ歯の、頬骨の高い蒲原順二は、こうして伸子たちの部屋の一隅で臥起きすることとなったのだった。
 日本の画家がモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ来たのは蒲原がはじめてであった。プロレタリア美術家同盟は、労働者クラブに飾るため、日本のメーデーの絵を彼にもとめた。百号で、画布とアトリエが提供された。
 蒲原は、朝の茶がすむと伸子たちの室を出かけて、毎日光線の許すぎりぎりまで、共同アトリエで制作した。大体出来あがって、その下見《したみ》が行われたとき、伸子もついて行った。プロレタリア美術家同盟の書記局の仕事をしているミチェンコという大男の画家は、板壁にたてかけた蒲原の作品をじっと見ていて、
「あなたには、相当の技術がある」
 暫くとぎれて、
「これだけ描けるならもっと、日本の労働者らしい顔や体つきの特徴がつかめるはずだと思うがな。東洋人一般の顔でなく――」
 伸子は、そこだったのか、と蒲原の画面に対して感じていた、ぼんやりした不満の正体を理解した。蒲原の描いた日本のメーデーの絵は、赤旗やスクラムを組んだ男女労働者や、ひっこぬき検束をしようとして一人の労働者のまわりにおそいかかっている黒服、サーベル、あご紐をかけて巻ゲートルをした警官隊と、それに抵抗してもみ合う行進者一群を描いて、日本のメーデーの性格を示そうとしていた。その状況は説明されているけれども、全体の画面は弱くてリアリスティックな熱
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