繧ノ鳴っている音響のあらゆる高低に耳をすますようにしていた素子はやがて、
「おととしと、ちがうなあ」
 その感想をおさえられないようにつぶやいた。
「あなたも、そう思う?」
 伸子は、うれしい! という云いかたをした。
「どこが、ちがうと思う?」
 伸子は、けさホテルを出て、トゥウェルスカヤの大通りを埋めている行進の列をひとめ見わたしたとたん、おととしとちがうことしのメーデーを直感した。何と大小の旗の数がふえているだろう。そしてその旗の布地も図案も旗竿も、おととしとはうって変って確《しっか》りした品だった。それに、ブラスバンドが殖えている。行進のはじまりをまつ間ガルモーシュカを弾いて、そのまわりで歌ったり、踊ったりしている組も吉例どおりあるにはあるが、いかにもメーデー目ざして揃えたらしいテラテラ光る楽器を肩にかけた工場の音楽隊が、うれしそうな、ほこらしそうなきまじめさで、先頭に立っている。それらの変化に目をひかれると同時に、伸子は、行進する人々の身なりは、たいしておととしとちがっていないことに気づいた。人々は、女も男も、やっぱりズック靴をはいている。それが、清潔に洗ってあるか、さら[#「さら」に傍点]であるかというちがいだけで人々はおととし、伸子が見たとおり、てんでんばらばらに、つましいメーデーの晴着をつけているのだった。
 行進で陽気に溢れている歩道にそって歩きながら、伸子の胸はしめつけられた。これらの人々は、自分らの身なりは二の次として、ことしのメーデーには組合の旗、細胞の旗をよくし、プラカートも念入りにこしらえ、ブラスバンドまでもって行進に出て来ている。その雰囲気には、労働者階級としてのほこりと、一人一人が生きていることについて抱いている確信が語られていた。失業者が多いメーデーとは、どんなものか。伸子はワルシャワの広場の陰惨な空気を、カフェーのガラスに押しつけられていた男のしなびた蒼黒い横顔を思い出した。
 素子の指さきをきつく握りしめたまま、伸子は熱心に行進を見ていて、そういう感想については、云わなかった。伸子にとってそういう思いは、心の奥底からの真実の思いであり、素子の賢くて皮肉な唇の歪めかたを見たいと思わなかったのだった。
 でも、素子もやっぱり、感じるものは感じている。――
「ね、どこがおととしと、ちがうと思う!」
「いろんなことがちがうさ。――」
 素子は、左手で肱を支えるようにしてタバコをもっている手はそのまま、顎を出すようにした。
「こうやって歩いている連中の様子からしておととしとまるっきりちがう」
「どうちがう?」
 伸子にも素子が目をとめたところはわかるようだった。けれども伸子は素子からききたかった。
「この連中の体も気分も、ちっともくずれてない。おととしみたいに、行進がすんだら、それだけで、足もとまでずるつかして遠足がえりになっちゃう、あれがない。たいしたちがいだ。しゃんしゃんしているじゃないか」
 リラのわきに立ちどまって見ている伸子たちの前後を、通ってゆく、というよりも公園いっぱいに流れて来ては流れてゆく男女は、大小の群れになって、笑ったり喋ったり、いまはもう巻かれている重い旗を肩から肩へかつぎかえたりしながらも、ほんとに素子がいうとおり、これで年に一度の行事がすんだという、ゆるんだ表情はどの顔の上にも見出せなかった。人々の気分の密度が変っていない。
「はりあいがあるんだわ。どのひとも、自分の背骨はちゃんと立っているっていう気分なんだわ」
 モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]のメーデーは年ごとに行われて来たが、こういう気分は、おととしのメーデーになかったというばかりでなく、やはり五ヵ年計画第二年目に特別な調子だった。
 伸子たちが見ている前を、旗やプラカートをかついだ男女の大きなひと群れが通った。出版労働の連中だった。五ヵ年計画を四年で! とスローガンを題字にした赤い表紙の本のつくりもの。文盲撲滅! その下に二四六三七万ルーブリと五ヵ年計画が支出する文盲撲滅費を書き出したもの。ことしは、どの組合のプラカートも、四つに一つは自分の職場での五ヵ年計画生産の増大指数を書き出しているのも特徴だった。ひとかたまりの若い婦人労働者たちがおそろいに赤いプラトークで髪をしばっている。円い顔、すこし色のわるい細おもて。いろんな顔だち。彼女たちの金髪は赤いプラトークにてりはえてひとしお金色にかがやいている。ズックの運動靴、薄色の粗末な靴下。歩いているうちにすこし下ってそれがよじれはじめているのにも心づかないで、活溌な足どりで河ぷちを行く。
 その群れの中に、伸子は、一つの変ったプラカートを発見した。コルホーズの風景を遠見に描いたそのプラカートには、農民新聞をよめ! とある。それから丁度、見事に波うっている(
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