ト、主人公である発明家チュダコフとその仲間のすべての動作――大発明であるところの何かの機械――実体は舞台に現れない――の組立て、運搬などを、統一されたリズミカルな体操まがいの身ぶりで表徴した。
 大詰は、社会主義国の首府からチュダコフを迎えの飛行機がやって来る。飛行機は、未来の社会では滑走路を必要としないほど進歩して、高層建築のてっぺんにとまるのだそうだった。舞台の奥の高いところから、銀と赤との飛行服をつけた婦人使節スワボーダ(自由)が迎えに来て、チュダコフ一行は、見物の目には見えない重大な発明品をビオメカニズムの行進で運搬しつつ、一歩一歩と舞台の高みへとのぼってゆく。チュダコフの光栄にあやかって社会主義の社会へ飛ぼうとして、高いやぐら[#「やぐら」に傍点]によじのぼりはじめた俗人男女、チュダコフの発明を妨害していた反社会主義の人物は、一つの爆音と煙とで、やぐらから舞台へおっこちてしまう。そして、飛行機は、見物に見えないところからプロペラの響をきかせて、社会主義の社会へと翔《と》び去ってしまうのだった。
 演劇であるというより「風呂」はメイエルホリド流の「|見るもの《スペクタークル》」だった。そして、大詰では、労働者である観衆が、やぐらから舞台の上へふりおとされて来る邪魔者たちととりのこされて、チュダコフそのひとは、煙と爆音のかなた高くに消え去ってしまうというのも、考えようによっては、皮肉だった。立派な外套を着た外国人と見ると、つべこべする国際文化連絡協会《ヴオクス》[#底本では「国際文化連」に「ヴオクス」のルビ]の案内人などはマヤコフスキーによって鋭く諷刺された。伸子は、立派な外套を着ていないモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の外国人の一人として、その事実を感じている。でも、そういう鋭さはむしろ小さな部分としての成功だった。
「もしかしたら、マヤコフスキーにもメイエルホリドにも、何となし脚本の空虚さがわかっていて、心配だったのかもしれないわね。だから、せいぜい目先の新しいまわり舞台を工夫したり高い櫓をくみ立てたりしたのかもしれない。――でも、結局、それだけじゃ……」
 例のメイエルホリドのこけおどし[#「こけおどし」に傍点]にすぎなかった。そして、メイエルホリドのこけおどしは、この場合ソヴェトの演劇の弱さとして現れかかっている。雪の凍っている並木道の間を、素子と橇に合い乗りで帰りながら、伸子はひと晩つまらない芝居を観てすごした不満というにしては、こだわるところのある、いらだたしさのようなものを感じた。
「ここで社会主義があんな象徴主義《シンボリズム》で扱われるなんて――」
 伸子が腹立たしいような抗議を感じるのは、そこだった。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の生活に、社会主義は目に見えるものであり、触れ得るものであり、生きている現実であるからこそ、伸子はこんなにモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の沸騰を愛しているのに。この冬が最後のモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]暮しと思えばこそ、こうしてすべってゆく橇のかたいバネを通じて体につたわる並木道の凍った雪のでこぼこさえ、忘れがたく思っているのに。――
「『射撃《ヴィストレル》』の方が、あれでまだ芝居になっている」
 素子が劇通らしく云った。
 登場人物が善玉・悪玉に固定されているような点に難があったが、ベズィメンスキーのその詩劇は、五ヵ年計画から出現した工場の突撃隊《ウダールニキ》の活動を主題としたものだった。「射撃」を上演しているのもメイエルホリド劇場だった。
「メイエルホリドも目下あれをやって見、これをやってみというところなんだろうな」
 素子がいうとおり「射撃」の方は、全くリアリスティックに演出されているのだった。リアリスティックになったメイエルホリドの舞台は、しかし革命劇場の舞台にくらべて、どれだけの特色があると云えたろう。

 伸子は、あれこれを考えながら、デスクに向って黒表紙の帳面に、ゆうべ観て来た「風呂」のプログラムと切符とを、はりつけていた。パリから帰ってから、伸子は、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の最後のシーズンに観るすべての芝居の記念を保存しているのだった。
 上演目録の選定のやかましい芸術座は、このシーズンもことさら五ヵ年計画を題材にした脚本を追いまわしていなかった。ドストエフスキイの「伯父の夢」と「オセロ」と「復活」などを上演している。「復活」を芸術座は全くこれまでにない演出でやっていた。カチャーロフが、カチューシャの裁判の場面では舞台の袖に立ち、ネフリュードフの苦悩の場面では、さながらネフリュードフの良心の姿のように、ネフリュードフの背後に迫って、この上なく印象的に小説の中から原文のままを朗読した
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