買Fト同盟だけで、五十万あった失業がなくなりつつあるという事実、その上、賃銀が七一パーセント増大するだろうという事実は資本主義の国の主権者たちの気にいりようがなかった。ソヴェト同盟のことは何につけても宣伝が八分。そうきめて不安と羨望が偏見によってまぎらされていた。
失業と乞食は、たしかに減った。伸子はこんど帰って来て食堂《ストローヴァヤ》の中をうろついている男女や子供がいなくなったことに気付く。並木道のベンチにあてのない表情で腰かけている男女がなくなった。失業者が吸収されずにいない現実の根拠が、伸子の目にもまざまざと見えているのだった。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]河岸の大建造物の足場を往復している労働者の姿にも、クズネツキー橋のわきで、赤旗を立てた起重機が鉄のビームをつり上げている轟のかたわらにも、工業生産高は戦前の水準にくらべると三倍以上に拡大されようとしているのだった。
伸子のデスクの端に、五ヵ年計画に関するパンフレットが一冊一冊とつみかさねられた。大量に出版されるそれらのパンフレットにも出版五ヵ年計画が実現されているわけだった。それらの中に特別伸子の気に入っていて、よくくりひろげて眺める「子供のための五ヵ年計画」という絵本があった。大判の四角い本で、頁をひらくと、革命前のロシアの石油、石炭、鉄などの生産と文化の状態が、当時それらの経営に君臨していた外国資本と、ひどい労働者小舎に住んで働いていたロシア労働者の対照的な姿とを描き出しながら石油櫓の数、石炭の山の大小のダイアグラムで示されている。頁は折りたたみ式になっていた。たたまれた頁を開くとそこから、子供の好奇心をもえたたせるような簡明な線と、美しい色彩で五ヵ年計画が完成したときのソヴェト石油の豊富さ、そこにある労働者住宅と労働宮。子供たちの子供の家と学校が描かれているのだった。ソヴェト石炭の見事な黒い山。炭坑地区の電化がどの位進むかということは、ずらりと並んだ電球の数で、小さい子供にものみこめるように説明してある。バルダイ連丘から源を発して数千キロの間を白ロシアからウクライナへとうねり流れて、増水期には耕地にあふれ牛や子供を溺らしたりしていたドニェプル河の下流に、大水力発電所がつくられようとしていた。ドニェプル大発電所が完成すれば、その電力は、ソヴェトの穀倉であるウクライナ地方の農業機械作製所《セル・マシストローイ》で、これだけのトラクターをつくらせ、ソヴェト・フォードで幾台の自動車を生産させ、粉挽き工場は、古風な風車の翼が風のない空に止っているのを心配しなくてもパンにする小麦粉をこんなにどっさり製粉するようになるだろう。雄大なドニェプルの流域にひらけようとしている生産の諸能力が、子供の生活にぴったりした小麦袋だの耕作機械だの、学校だの、統計図で描かれているのだった。画家はデニカだった。ソヴェトの若い画家の中でもきわだって明快で動的な才能をもっている彼が、これだけ力をこめて五ヵ年計画の絵物語を描いてゆくときには、彼のこころにも新しい希望があったろう。去年の冬のように、ウィンター・スポーツの絵ばかり描いているより、張りあいもあっただろう。
デニカは、反ソヴェト・カンパニアに反撃するためのポスターにも、効果的な諷刺を描いていた。長大な砲身が、ぬっとソヴェト同盟の赤い地図に向ってのびている。黒光りする砲身の先端に、法冠をかぶった法王がまたがっている。彼は法笏《ほうしゃく》をふって指揮している。その背後にくっついて、あらいざらいの勲章を下げて双眼鏡と地図をもっている軍人。※[#「「卍」を左右反転したもの、348−1]《さかまんじ》のしるしをつけたイタリーとドイツのファシスト。しんがりにはシルクハットをかぶった燕尾服姿の太った男が砲身にまたがっている上体をかがめて足もとにつみあげた金袋に手をかけている。五ヵ年計画を四年で! というスローガンのあるところには、きっとそのポスターも貼られていた。二つのものがひと組みとなって、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]のあらゆるところで伸子の目にふれる。それにはそれだけの必然があった。反ソヴェト・カンパニアは、国境の八方から五ヵ年計画が水泡に帰すことを切望していた。五ヵ年計画は不可能事だと喧伝しながら、ソヴェトの社会主義建設を破壊するためには、最高政治指導部のなかにまで、世界反革命の組織がはいりこもうとしているのだから。――ブハーリンの問題はパリにいた伸子を衝撃した。
七ヵ月という時は、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]で平たく経過したのではなかった。その時間に、ソヴェトの人々は、自分たちの社会主義社会の本質を決定的に高めるために奮闘した。伸子が二年の間モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]で見聞
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