轣A俄《にわか》にうすらつめたくなった風がマロニエの落葉をころがしてゆく秋の公園前のカフェーには腰かけている人の数も少かった。
公園の樹の間で街燈がともった。
そのカフェー・レストランの内部にも同時に灯がはいって、パリの夜の活気が目をさました。
「佐々さん、ついでに、ここで夕飯をすまして行きませんか」
ことわらなければならない理由もなくて伸子は、だまっていた。
「この間は、あんなにして不意に泊めてもらったりしてお世話になったし――いいでしょう?」
「――部屋をあけてあげたのは、わたしじゃなかったのよ、吉見さんよ」
「――じゃあ、その代表として。――ここなら、きっと、カキ[#「カキ」に傍点]がうまいだろう」
半ば公園のあずまやのように作られているそのレストランは、女づれで来るような客で段々賑わって来た。身なりも気のきいた中年の粋《いき》な組が多かった。
運転して来た自動車に鍵をかけ、それをズボンのポケットにしまいながら、わきに立って待っているつれの女のひとの肱を軽くとってレストランのなかへ入ってゆく男の物馴れた仕草などを眺めていて、伸子は、
「蜂谷さん、大丈夫?」
と、いたずらっ子らしく笑った。
「少し、柄にないところなんじゃないの? こんなところ――」
「そんなことはないさ」
蜂谷は、ぽつんとまじめに答えた。そして、そのまま顔を横に向けた。伸子は、夕飯にかえらないことをペレールのうちへ知らせるために、電話をかけに立った。
三
もう二三日で九月が終ろうとしている風のつめたい夜の九時すぎ、モンマルトルの方から走って来た一台のタクシーがペレール四七番の前でとまった。ドアがあいて、なかから、つや子、多計代、泰造、しんがりに伸子という順でおりて来て、レースのショールをかけた肩を寒そうにしている多計代をとりかこみ、四七番の入口の大きいガラス戸の中へ一人一人消えた。八時すぎると、この辺のアパルトマンの入口はしめられた。ベルを押すと、門番が玄関わきにある自分たちの住居の中でスウィッチを入れ、その人が入る間だけ、入口のドアの片扉があくようになっている。佐々のものたちは、その僅の間をいそいでホールへすべりこんだ。みんなについてエレヴェーターのところへ行こうとしていた伸子は、門番の住居の小窓から、
「マドモアゼール」
とよびとめられた。
玄関に向ってあいている門番の小窓には、背後から橙《だいだい》色のスタンドの光を浴びて、カラーなしのシャツ姿の爺さんが首を出していた。
「ヴォア・ラ! あなたへ、電報」
細長くたたんである紙をさし出した。伸子は、不安なような、全く不安のないような変な気分で、それをうけとった。
「ありがとう」
心づけを爺さんの手のひらにのせて、伸子はうちのものの佇んでいるエレヴェーターのところへ行った。
「――おや、電報かい?」
多計代が、神経質にまばたきした。
「わたしのところへ来たのよ」
「吉見さんだろう」
素子はモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ着いたとき、ロンドンのホテルあてに伸子に電報をよこしたし、伸子たちがペレールへかえってすぐのときも、電報をよこした。ぶこ、かわりないか、やど知らせ、と、ローマ字で書いて。手紙の往復の間をまちきれない素子のこころもちが、その電文に溢れていた。いまも、伸子は、七分どおりモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]からだろうときめて、おどろかずに電報をうけとったのであった。折りたたまれた紙をあけて見て、伸子はまごついた表情になった。
「変だわ、これ。――何のことなんだろう」
ケサ六ジ、イソ、ザ、キキョウ、スケシス
スケシスというギリシャ語みたいなローマ字つづりで、いきなり戸惑わされた伸子は、冒頭の、ケサ六ジという一句の意味が明瞭で動かしがたいだけに、よけい判断を混乱させられた。わかるのは、この電報が素子からではないということだけだった。イソ、ザ、キキョウ、スケシス Iso za kikyo Sukeshisu とは何のことだろう。
「みせてごらん」
泰造が、すこし顔からはなして読む電報を、わきに立って、伸子ものぞきこんだ。
「ね、――わからないでしょう?」
ややしばらく電文を見ていた泰造が、
「これは、綴りが、ちぎれちまっているらしい。上の字へつくはずだったんじゃないか。イソザキ、キョウスケっていう工合に。――そういう名のひとを伸子は知っているかい」
「知っているわ」
そう云われて、目をすえてよみ直した伸子の頬から顎へ鳥肌だった。
ケサ六ジ、イソザキキョウスケ シス――死す――
「まあ!」
それは伸子の心からのおどろきの声であった。
「どうしたっていうんでしょう!」
若い画家である磯崎恭介と、やはり画を描く若い妻の須美子は
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