「る。和一郎とすれば、今度の旅費の問題は、おそらくカトリ丸に乗ったときから心にあったことだろう。いずれ実際的に扱われなければならないことだし、泰造を通さないでは何一つ決着しようのない種類のことでもある。
伸子は、
「ねえお母様、こんやはお父様もいらっしゃるから丁度いいわ。そのことをすこし本気に御相談なさるといいわ」
と云った。
「お父様は、和一郎さんから直接には何もきいていらっしゃらないんだから。よく具体的にお話しになれば……」
伸子は台所に少しいて、それから浴室で体を洗い、帰り支度をした。
「じゃ、さようなら。あしたは午後来るけれど、何か御注文があること? 買いものがあったらして来ることよ」
露台に向って両親とつや子が半円形にかけている客室へ声をかけた。
「どうですね、多計代。伸子がああ云っているが――いるものはありませんか」
それに答えず、ちょっと黙っていた多計代は、
「伸ちゃん、帰るのは、少し待って貰おう」
思いがけなくかたい、命令的な調子だった。
「こっちへ来ておくれ」
そろそろと近よってゆく伸子の顔を、多計代は椅子の上からふり仰ぐように見た。
「伸ちゃん、こんやは一つ、お前からすっかりお父様にお話して貰おうじゃないか。――おおかた伸ちゃんには、みんなわかっているんだろうから」
「わたしにわかっているって――なにが?」
多計代から泰造へと視線をうつしながら、伸子は、あんまり意外でナア、ニ、オ? とひとこと、ひとことひっぱった。
「話しに出ていたのは、和一郎さんのことじゃなかったの?」
「だからさ、あなたから、何でも思っていることをみんなお父様に云って、思うとおりにして頂いたらいいだろう、って云っているんですよ」
「へんだわ、お母様ったら」
単衣の下に骨だって見える母の肩つきや、白粉がむらになっているひきつめ髪の額を眺めて、伸子は悲しい、いやな気になった。
「和一郎さんから話をおききになったのはお母様じゃないの。わたしじゃないのよ。おまけに、お金のことじゃありませんか。わたしが何を知っているとおっしゃるのかしら」
「そりゃそうだけれどね。わたしには、だれも、和一郎がこんど越したホテルを知らしてくれないじゃないか……」
そう云われて、伸子は自分もそれを知らされていないことに気がついた。
「そう云えば、誰も知らないんじゃないのかしら」
もし多計代の健康に何事かおこったりしたら、と伸子はそんな場合の責任の感じからあわてた。
「お父様は、おききになった?」
「手帖に書いてあるはずだ。モンソー公園の近くなはずだった」
「御存じなら、そう早く云って下さればいいのに」
考えてみれば、このパリで、みんなは何とばらばらに暮しているだろう。伸子たちの生活ぶりにいくらかでも関心をもってヴォージラールのホテルへも来てみたのは、泰造だけであった。パリへ来てからやがて一月たつのに、和一郎も小枝も、そんな気はないらしかった。和一郎たちの生活は、心持の上でも伸子と別なところにあるのに、多計代は、どんなよりどころでそう思うのか、伸子と和一郎たちがしめし合わせて、でもいるような口ぶりだった。
「とにかく、こんやは、御迷惑だろうが伸ちゃんにもすっかり思っていることを話してもらって、わたしにも云うことだけは云わせてもらおうじゃないか」
銀鼠色のわなてん[#「わなてん」に傍点]のフェルト草履をはいている素足のつまさきをせわしく動かしながら、多計代は興奮の眼くばりで云った。
「親は一つも理窟をいうな。金だけは黙って出せっていうのが、伸ちゃんの何とか主義っていうのかもしれないがね。わたしは御免だ」
例の多計代の、挑みかかる言葉つきだった。伸子はそれにひっかかるまいと努力しながら、それでもつい、
「勘ちがい、しないでよ、お母様!」
ほとばしるように云った。
「わたしがいつ、一フランだって下さいって云ったことがあって? 和一郎の話じゃありませんか」
ほんとに、旅費なんか出してもらっていなくてよかった。伸子は激しく考えた。
きっとこんなこともあろうと、伸子は買物のために泰造からあずかる僅かの金でも、計算書にして収支を明白にして来た。パリには素子もいる。素子は、自分たちの暮しと、佐々の一家の生活と、この一ヵ月は二つの間をかけもっている伸子に、きびしいけじめを要求した。素子ははっきりした理由もなしに佐々のうちのものと食事によばれることさえよろこばなかった。
「和一郎の問題で、伸子も一緒に話せっておっしゃるならわかるけれど――そんな、……まるでわたしがお金でもゆすっているみたいな!」
「なんにもお前がどうこうっていうわけじゃないさ。だけれど、和一郎たちの味方をするのはいつも伸ちゃんじゃないか」
「そうお? 椅子をふりあげても、わたしは和一郎に味方
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