繧ノいる多計代にきいた。
「さあ」
 多計代は、港町のホテルらしく華美に飾られている室内を見まわしていたが、
「すみませんがそこへ置いて下さいまし」
 鏡のついている高い炉棚の前をさした。それは多計代がその上に半ば横になっている長椅子の後方だった。泰造は、多計代のたのみのままに、銀色の錦の包みものを両手で、恭々《うやうや》しくそこにのせた。
 伸子は、唇の色が変ってゆくような気持になった。それは保だということがわかったのだった。その銀色の錦のきれにつつまれた小箱は保の一部分なのだ。思いがけない衝撃で、伸子はかけている椅子の上で体じゅうがこわばった。そして目の中に、苦い汁が湧いた。伸子の心に保は生きている。――死んでしまったいとしい保として、生きている保よりなお哀切に生きている。八月一日という日は、伸子にとって、いまもなお平静に感じることもきくこともできにくい日づけである。日本から来たうちのものみんなの心の中に保もはいって来ていると思えばこそ、伸子はその心と結びつこうとする自分を実感し、それに対して誠実であろうとしているのだった。
 痛切に愛しているものが、どうして、その愛するものの骨をもち歩くことに耐えるだろう。保に関するちょっとしたヒントにさえ、ほとんど肉体的な鮮やかさで死んでも生きている保を感じて、さむけだつような伸子に、ホテルの炉棚の上の骨箱との対面は、あんまりだった。伸子は、暗い刺すような視線でその錦の箱を見すえたまま、息をつめ、頸をこわばらしたまま声も立てなかった。伸子は、マルセーユのホテルでひとことの前おきなしに保の骨を出しかけられようとは考えてもいなかった。
 多計代は口をきかない。泰造もだまっている。ものを云えず、体もうごかせないようになった娘の自分を見つめて、ふた親が沈黙しているということにさえ、伸子は、しばらく気づかなかった。我にかえって、その異様な雰囲気をさとり、それが、多計代にどううけとられているかを直感したとき、伸子は両手で顔をおおいたかった。
 多計代は、伸子をためしたのだった。伸子は、はっきりそう感じた。錦のつつみものが保だとさとったとき、伸子はそれにすがって泣きでもするだろうか。あるいは椅子から立ってお辞儀でもするだろうか。そうならば、それは多計代に伸子のやさしさが示されたことであった。だが伸子は涙をこぼさず、ただ蒼ざめて、こわいこわ
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