ッた。
「ついでに、キモノ展覧会をしていただくわ。よくこんなにもって来られたこと」
 そこへ和一郎が帽子をもって入って来た。
「そら小枝さん」
 こんどは多計代が、和一郎の機嫌をとり結ぼうとしてトランクのところにいる小枝をせきたてた。
「あなたも早く帽子をかぶっておいでなさいよ。和一郎さんは、もうそれで出られるんだろう?」
「ああ」
「もういいから。――小枝さん」
 やっと若い一組が外出した。
 多計代は、
「やれ、やれ、相もかわらずひと騒動だ」
と椅子にもたれこんだ。
「小枝さんてひとは、ほんとに何をさせてもお姫様のなぎなた[#「なぎなた」に傍点]だからねえ」
 甲斐性がなくて、ずるずるしているというわけらしかった。伸子には、あんなに美しく、樹のぼり上手と云われていた女学生の小枝が、嫁という立場では全く自信をなくして、おどおどしている様子ばかり目にはいるのだった。
 ひとやすみしてから、多計代は化粧台に向きなおってゆっくり化粧にとりかかった。毛のさきをぷつんと短くきった細筆のさきに桐をやいてこしらえた軽い墨をつけて、両眉をかわりばんこにもち上げて、口をすぼめるような表情で鏡を見ながら眉を描く手つき。手鏡を顔ちかくよせて、仕上りをしらべるまじめな顔つき。実の娘の伸子の前では、多計代ものんびりと一人きりのように化粧に専念している。伸子も、何年ぶりかで母の化粧するのをわきから見ていて、その家庭的な情景を珍しく、ある興味をもって意識するのだった。
 素子はさっきから、ぎごちない空気のみなぎっている寝室をさけて、控間の露台に出て行っていた。そこからはディエナ通が見おろせた。つや子も素子について、そっちにいる。
 そばでみると、多計代の髪は随分白くなっていた。それを、上から黒チックで黒くして、前髪のつまった束髪に結っているのだったが、黒チックは多計代の形のいい額の生えぎわをきたなくしているようだった。伸子は、
「おかあさま、もしかしたら、そのチックやめてみたら」
と云った。
「地のまんまの方が立派じゃないかしら。血色のさえた顔色をしていらっしゃるんだから、かえって引立つと思うけれど……」
「さあねえ……」
 伸子のいうことには賛成できない風で手鏡を見ていた多計代は、一遍化粧台の上においた眉筆をまたとりあげた。そして、両方の眉のはじまりのところを、すこしずつ強く黒くした。そうす
前へ 次へ
全873ページ中478ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング