、とき、
「ほんとうは、僕もお出迎えに行かなけりゃならないところなんでしょうが、手のはなせないことがあるし、御婦人だから、却ってお邪魔だといけませんし……」
とつけ加え、世間で秀麗と云われるような顔で笑った。なにげなく礼をのべてあいさつしながら、伸子は、彼の小さい笑いに傷つけられた。単純に、失礼します、と云われた方が伸子としてはこころもちがよかった。フランスで、言葉の自由でない若い伸子に日本の封建的なしきたりを口実に、女だから、男のつれは迷惑だろうというのは、すじが通らず、女として侮蔑された感じだった。伸子が気づまりでないようにという親切があるなら、別の座席で、伸子に関係なくマルセーユまでゆくこともできないことではないわけだった。
 社交人らしく、自身のスマートさを大切にしているらしい増永とすれば、マルセーユで船からぞろぞろとあがって来る佐々泰造はいいとして、多計代、和一郎、小枝、つや子という一家総勢の姿を想像しただけで、その相伴にあずかるのは気の毒な自分を感じるのだろう。
 佐々の一行が家じゅうでパリへ来る、ということのなかには、たしかに誰の目にも何か度はずれなところがあった。金もちとも云われない階級の佐々一家が、何のために家じゅう、小さい娘までをひきつれて、外国へ来るのか。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]でその通知をうけとったときから、娘の伸子にしろ、こんどの思いたちのなかにどことなく自然でないものを感じつづけている。パリで、一緒になってからの生活が思いやられて、伸子はそれまでに自分と素子とのパリでの暮しの根じろをきめ、ごたついても崩されない自分たちとしての生活感情をとおしておきたいと一ヵ月も前にパリへ来てその準備をして来た。いよいよみんなが七月一日にマルセーユにつくとわかったとき、伸子は、人知れぬ深い息を胸のなかにためて、そっとそれをはきだす思いだった。
 娘である伸子の、それを重荷としていることをかくそうとしないそぶりは、素子はもとよりのこと、増永修三にも、パリへ来かかっている泰造や多計代を厄介に感じさせるたすけとなったかもしれなかった。
 外の景色を眺める気晴らしもなくなった夜行列車のひとすみで、伸子は、はるばる日本から来るうちのものを、こういう気分で迎えようとしていることをやっぱり悲しく感じた。これには自分の責任もある。伸子はそうも思った。何
前へ 次へ
全873ページ中472ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング