eル・ノアイユへよって、パリの日本大使館のムシュウ・マスナガが契約しておいた部屋と云って一応たしかめておいてから、埠頭《ふとう》へ迎えに行けばよいだろう。増永修三が、マルセーユ行の切符とともに伸子に与えた指図は、そういうことであった。
 六月三十日の夜七時に、伸子は一人で、ガール・ド・リオンから出発した。どんなあい客が、いつどこからのって来るか予想されない車室《クーペ》のなかに、さし向いでとじこめられる一等車をさけて、伸子の乗ったのは、日本の汽車のような体裁の二等車だった。
 車内は、八分どおりのこみかたで、伸子は二人ならびの席にひとりでかけられた。伸子は、ウィーンで買ったクリーム色の小さい手提鞄を用心ぶかく自分の体と窓の間におき、言葉のよく通じない外国で一人旅する若い女の身のひきしめかたで、座席がきまるとすぐ窓外の景色を眺めはじめた。
 南仏に向う列車の沿線には、夏の薄明りにつつまれておだやかに耕地がひろがった。耕地はゆたかに隅々まで愛情をもって耕作されている。伸子の列車が通過して行く地方には、ポプラが目立った。薄明《トワイ・ライト》の光線を細く鈍く反射させながら流れてゆく小川のふちに、数株のポプラの樹が並んで、年を経て瘤々の太くなっている幹から萌え出た勢のいい若枝が、灰色のまざった軽い浅緑の葉を繁らせている。列車の進行につれて、ゆるく旋回しながら、遠ざかってゆく野道の上に、ポプラ並木がつづいている。ところどころに散らばって在る農家は、灰色の外壁に厚い麦藁葺き屋根をもっていて、家畜小屋や荷車のおかれている内庭には、低い灰色の土の墻《かきね》で四角くかこまれている。それらの農家は、円い形の厚い藁ぶき屋根と土の墻《かきね》と、ポプラの樹のかげに、伝統的なフランス農民の生活をつつんでいるようだった。しかし最近の数年間にフランスの農業人口は減りつづけているということだった。政府は、金まわりのいい状態を保ちつづけるために、国内に不足な農業生産物を、やすく植民地からとりあげる政策をとりはじめた。それは植民地の住民から土地を失わせる結果になっていてフランスの共産党は、攻撃している。伸子は、パリで買えるデイリー・メイル紙からそういう記事をよんで間もなかった。
 艷《つや》の消された水色と、灰色がかって爽やかな緑で調和している風景は、車窓から眺めている伸子にシャ※[#濁点付き片仮名
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