Aこういう文章をかくのは正しくて、悪文というのは間違いなのだろうか。同じような伸子の当惑は、篠原蔵人そのほかの人々が書いている論文からも与えられた。これらの人の云いまわしから、伸子にとってはよけいだと思える箇所をみんな一応どけて見て、はじめて伸子に論文の趣意がつかめた。そういうしまつだけれども、そのむずかしく混雑した論文は、プロレタリア文学は、誰にでもわかるものでなければならないことを主張するために、かかれているものなのだった。
 こういうことは、みんな伸子によくわからなかった。日本のマルクシストという人々の間に習慣づけられている特定の用語法。あたりまえの言葉づかいをしているものには変に思えるまわりくどさ。そこにある不思議な矛盾を、伸子はまじめに苦しさをもってうけとった。駒沢の家へ見知らぬ人が訪ねて来たときのように、篠原蔵人の書くものはわからないわ、引用だけのようで、とほほえんでいる気持は、もうきょうの伸子にはなかったから。それらの人々の目に映る伸子が何であるにしろ、伸子自身は明日に自分をむすびつけずにはいられないし、そういう云いまわしと無縁な自分を感じて居られなくなっているのだから。――
 一見非常に堅牢そうに、理論で組みたてられているように見えるもののうちにあって、誰からも気づかれずにいる奇妙な矛盾。伸子は、ふと似たようなものが、ベルリンにいる川瀬勇たちの生活気分のうちにもあるのではないかしらと思った。その思いあたりは、女としての伸子を、何かしら感覚的にはっとさせるようなものをもっているのだった。
 また伸子が窓の前へ立って、雨足のつよい夜の鋪道を見おろしているところへ、うしろのドアがあいた。
「なんだぶこちゃん、まだ仕度もしてないのか」
 それは湯あがり姿の素子だった。
「すぐ行きなさい。ここのおやじのことだから、どうせすぐあとをぎっしり詰めているにきまってるんだから」
「じゃ、すぐ出して来るわ」
 伸子は浴槽へ湯をみたして来るつもりだった。すると、
「すぐはいれるようにして来てあるんだよ」
 あるんだよ、というところへ一種のアクセントをつけて、いつもそういうときの素子の、自分の親切がくやしいような口調だった。
「どうもありがとう、じゃ、はいって来る」
 三十分ほどして、伸子は顔も体もさっぱりと桜色になって、洗った断髪をタオルできつくこすりながら戻って来た。素
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