をまぜて叫んで、面白そうに手をうち合わせた。
「ロビン! 英語の詩でよんだことあります。それ、美しい小鳥です。そうでしょう? サッサさん」
「そうよ。ドーリヤさんは、紅い紅雀よ、秋山さんは髭の生えている紅雀」
「まあ、素敵!」
 ドーリヤは、すっかり面白がって大笑いしながら、テーブルの奥の長椅子から、とび出して来た。
「サッサさん、可愛いかた!」
 そう云って伸子を抱擁した。ドーリヤは伸子を抱きしめると、そのまま、あっさり伸子からはなれ、衣裳タンスの前へ行って、眩《まぶ》しい光りを反射させている鏡へ自分の全身をうつした。横姿から自分を眺めながらスカートの皺などを直した。ドーリヤは、半分アジアで半分はヨーロッパの血色のいい丸顔をふちどっているブロンドの髪や、たっぷり大きい胸元に似ずスラリとした自分の脚つきを一わたり眺めて、それに満足したらしく、小声でダンス曲をくちずさみながら、一人でチャールストンの稽古をはじめた。両肱をもちあげて自分の足もとを見おろしながら、エナメル靴の踵と爪先とを、うちそとにせわしく小刻みに動かした。
「サッサさん、あなたチャールストン踊れますか? わたし、これ、きのうならいました。むずかしいです」
「ロシアの人のこころとチャールストンのリズム、ちがうでしょう」
 伸子も、ドーリヤにわからせようと片言の日本語になって云った。ドーリヤは、なおしばらく、せかせかとぎごちなく足を動かしていたが、
「本当だわ」
 ロシア語で、真面目な顔つきで云って足のばたばたは中止にし、両手をうしろに組んで、面白いことをさがし出そうとするように、秋山の室のなかをぐるりと歩いた。やがて伸子のよこにかけて羽織をいじくっているうちにドーリヤは、子供のとき両親につれられて、日本見物に行ったときのことを話し出した。
「何と云いました? あの温泉のある美しい山の公園――」
「どこだろう、ハコネですか」
 秋山が云った。
「おお、ハコネ。そこで、わたくし、一つの箱買って貰いました。小さい小さい板のきれをあつめて、きれいにこしらえた箱です、そして、それ、秘密のポケットもっていましたね」
「ああ寄木細工の箱だ――貯金箱ですよ」
 慎重な顔で内海が、きわめつけた。
「その箱、いまどこにあるの?」
 伸子がそうきくと、ドーリヤ・ツィンは目に見えて悄気た。両肩をすくめて、
「知りません」
 悲し
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