ナ、あれだけの仕事をのこしたんじゃないか。そのことを考えりゃいいんだ」
「子供の時分から、何のかの、とりまきに馴れて育ったものは、やっぱりそれがないと淋しいんだろう。それに、はたもいけないさ、てんでに目下俗人に堕しちまっているもんだから、あの顔をみると、いやにセンチメンタルになって、笹部準之助の作品をよんだ自分の若かりし日を回顧する気になったりするのが多いんだから。それが所謂相当の地位にいるからなお毒なのさ」
ベルリンには、伸子や素子のように、短い滞在の間、あれにも、これにも触れようとしているもののほかに、また、ドイツ銀行の人ごみで偶然見かけてもう二度と会うこともなさそうなこういう笹部のような名流子弟もいるわけだった。互に知らないベルリン在住の日本人の、ほとんどすべての顔をそこの主人は知っている一つの場所があった。それは「神田」という日本人のやっている土産店だった。
十二
津山進治郎は、ベルリンで出会った伸子の心の日々にはこういういきさつもあり、同時に、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の一年四ヵ月というそこでの生活から彼女がここへもって来ているいろいろの生活感情がある。という事実にとんじゃくのないところがあった。
伸子たちが会うときは、とかくいつもくたびれているソフト・カラーがものがたっているように、金の使いかたのこまかい津山進治郎は、女づれでも、塩豚とキャベジを水っぽく煮たようなベルリンの小店の惣菜をふるまった。津山進治郎は世間でいうりんしょく[#「りんしょく」に傍点]からそうなのではなくて、彼のやりかたには、万事万端、何か一つのことを激しく思いこんでいて、わきめもふらずそれを追いこむことに没頭している人間の、はたにとん着ない馬力とでもいうようなものがあるのだった。
大柄のがっしりした体に灰色っぽい合服をつけ、ソフト・カラーで太い頸をしめつけている津山進治郎は、すこしねじれたように結んでいる、くすんだ色のネクタイをゆすって伸子たちに云うのだった。
「とにかく日本人はドイツのやりかたをもっともっと本気で研究する必要がある。大戦後のあのドイツが、どうです、もうそろそろ英仏を追いぬきかけて来ている。クルップだって、ジーメンスだってイー・ゲーだって――これは世界有数な染料工場ですがね。おどろくべき発展をとげている。レウナの窒素工場と
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