ス顔はなかった。でも、その人たちは、そこで伸子の話をきき、自然な雰囲気で、出て来る伸子にふれた。冷淡にその人々の間を通りぬけてしまってはわるいと感じた素振りで、伸子は、ちょっと歩調をゆるめた。しかし、何ということもなくて伸子は、身のこなし総体にさようなら、という気持をあらわしながら、日本人クラブの玄関を出た。
 重くカーテンをしめこんだ室内では、夜更けのようだった午後九時すぎも、戸外へでてみるとまだほのかに明るい初夏の宵だった。どれも同じな薄黄色い正面入口から歩道へおりて来る伸子と素子に、
「――御苦労さま」
 リンデンの街路樹の下にいた日本人のかたまりの中から、中館公一郎の声がよびかけた。
「なんだ、みんな来てたのか」
 すぐ素子がよって行った。
「きいていらしたの?」
 きまりわるそうにいう伸子に、
「初舞台《デビュー》だっていうのに、きかなくちゃわるいだろうと思ってさ。すすめた義理もあってね。万障くりあわせ」
 答えたのは、背の高い頭にベレーをかぶった川瀬勇だった。
 もち前のやわらかな口調で、
「佐々さんて、相当なもんなんですねえ」
 中館公一郎がいつも、まじめな内容をさらりという調子で云った。
「お歴々一視同仁という光景はなかなかよかった」
 伸子は、のぼせている頬に手の甲をあてながら、
「でも、あの半白なひと。――意地わるねえ」
 子供らしく訴えた。
「ありゃ、ちょいと来ている男だね。視察にね――はやりだから」
 芝居がはねでもしたあとのように素子が、わきから、
「とにかく、わたしは喉がかわいちゃった」
と云った。
「どっかへ行こうじゃありませんか」
「――ビールでもいいのかな」
「いいさ」
「佐々君はこまるんじゃない?」
 川瀬勇が、青年らしい気くばりでわきに立っている伸子をかえりみた。
「今夜は、佐々君が主賓なんだから」
「いいわ、何かたべられるところなら。――わたしおなかがすいちゃった」
 さもあろうという風にみんなが笑った。伸子たちをいれて六人ばかりのものは、ベルリンの白夜とでもいうように薄明い夜の通りをぶらぶら歩きだした。
 同じベルリンにいる日本人と云っても、この人たちと、今伸子たちがそこから出て来た日本人クラブの奥の室にいた連中とは、何というちがいだろう。年齢や職業がちがうばかりでなく顔だち、身なり、気分、住んでいる世界ががらりとちがってい
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