c」
「でもね」
その人がひとつひとつにひっかかってくる云いかたにだまっていにくい気持につき動かされた伸子は、
「この間、宮井準之助さんがジェネ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の国際連盟で報告なさるとき」
と、木曜会員なら知らないわけにゆかない、知名な伝染病と予防医学の大家の名をあげた。
「モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へよって何かしらべていらっしゃいました。案外、何かあったんじゃないでしょうか。予防医学という学問そのものとして[#「学問そのものとして」に傍点]……」
聴いていた素子が、にやりとしてこころもち顎をつき出すような形でわきを向いた。その素子を見たとたん、伸子は、ほんとだった。なんてばかばかしい! と自分がひっかかっていた予防医学という専門語の鉤《かぎ》から身をふりほどいた。この医者は伸子がまごつくような質問をするためにだけ質問しているのだった。伸子の話をすらりときいていた人なら、ソヴェトでは予防医学というものの枠がひろげられていて、予防注射とかワクチン製造とかいうせまい範囲から、もっと広く深く勤労生活の日常そのものを健康にしてゆこうとする現実に移って来ている事実がいくつもの実例のうちに理解されたはずだった。伸子の話全体が、いわば新しい予防医学の現実だったのに。――そのことに思いついて、伸子はあらたまった顔つきになった。彼女は半ばその半白の髭の人に向い、半ばその席にいあわせるすべての人に向って、
「ちょっと、ひとこと追加させていただきます」
椅子にかけたまま、にぎりあわせた両手をテーブルの上において云い足した。
「みなさまは、いつも専門的な言葉でばかり話される報告に馴れていらしって、わたしのように、あたりまえの言葉で毎日の生活の中から話す話は、よっぽど、おききになりにくかったんだろうと思います。さもなければ、失礼でございますが、ただいまの御質問ね」
と、伸子はさっきから、伸子の話が与えた印象をつき崩そうとしている父親のような年配の半白の髭の人に向って、云った。
「ああいう御質問は出なかったんじゃないでしょうか。――ああいう御質問いただくと、なんだか、わたしのお話したことを、どこできいて頂いていたのか、わからないみたいで……」
控えめだがおさえきれない笑いがカミンのわきにかたまっている人々の間から湧いた。それはテーブルのぐるりまで
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