トは実際に見聞したソヴェト――主としてモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の日常生活の有様を、ありのままに話して参考になればと思っているという点を明瞭にした。伸子はソヴェトの工場やそこで見た医療設備のこと、労働組合と健康保護の関係、母子健康相談所やレーニングラードの母性保護研究所の仕事、労働者、特に婦人労働者の保健のために職場で行われている一分体操や休養室の細かい注意、海岸や温泉地につくられている休みの家の様子などについて話した。座談的な伸子の話は、おさないような云いまわしながら、どの一つをとっても、それはみんな彼女が心を動かされて自分の眼で見て来ているものであり、ソヴェト生活の現実から生々しくきりとられて来た、誰にもわかる報告なのであった。
話がすすみ、まざまざとした印象がよみがえって描写されてゆくにつれて、伸子は心の自由をとりもどした。話している伸子にも聴きての感興が集中されてゆくのが感じとられる刹那もあった。
最後に、伸子は自分が肝臓炎でついこの四月まで、三ヵ月も入院していたモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]大学附属病院の生活を話した。いかにもソヴェトの病院らしい事実は、ナターシャのことだった。熟したはたん杏のような頬っぺたをして、ずんぐりした身持ちの看護婦ナターシャと伸子とが、どんなに滑稽に車輪付椅子のまわりで抱きあいながらもごもごしたか。患者である伸子が、それについてどんな癇癪を起したか。やがて、身持ちのナターシャが、健康で美しく働いているのを見たり彼女と話したりすることが、伸子の病床生活の一つの歓びとなったいきさつについて、ナターシャはコムソモールカであり、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]大学医科の労働者科《ラブ・ファク》二年生であることをも添えて伸子は新鮮に話した。
「みなさまは、あちこちで立派な病院をどっさり御存知でございましょうし、御自分でそういう病院をおもちかもしれません。よく訓練された看護婦というものも珍しくおありになるまいと思います。けれど、このナターシャの看護婦としての生活ね、わたくしは女ですから、やっぱり深く感銘いたしました。ドイツの人は音楽好きと云われますけれど、このナターシャたちのように、国立音楽学校のバリトーンの学生の若い細君が大学附属病院の看護婦だというような組合わせは、あんまりないでしょうと思い
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