ィやじが縞シャツの腕をまくりあげて立っていた。半ば裸体になった女の蒼い顔を大映しにした映画のビラがよこての壁に貼られてある。
川瀬は、すぐココアを三つ注文した。窓ぎわの席を選んでかけた川瀬からはななめうしろ、伸子たちに正面を向けるテーブルに、つれもない四十がらみの男が一人かけていた。椅子の上に両股をひろげてかけて、片手をズボンのポケットにつっこんでいる。からのコーヒー茶碗がその男の前のテーブルにのっていた。通りからそのカフェーへ入って来た途端、伸子は、川瀬がこのノイケルンでどういうカフェー風景を見せようとしたのか、察しがついた。伸子が思い出したのはワルシャワのメーデーの朝、素子と二人で逃げこんだカフェーにいた男たちのもっていた感じだった。ドアをあけて小さい店へ賑やかに入って来た伸子たちに鈍重なようで鋭い一瞥をくれたこの男の感じは、瞬間に、ワルシャワのあの朝伸子が理解していなかった多くのことを理解させた。テーブルへ運ばれて来たココアをかきまわしながら、川瀬はほんのちらりと片方の眉を動かして、伸子たちに合図した。
ココアをのみ終ると、川瀬と素子とがタバコを一服して、三人はそこを出た。
「わかったろう? この辺は到るところに、ああいうこぎたない眼だの耳だのがばらまかれているんだ。でも、このごろは連中も楽じゃないのさ」
川瀬はおかしそうに結んだままの口をひろげて笑った。
「あれ以来、連中はうっかり労働者住宅の窓の下なんか、うろつけないことになってしまったんだ。水はおろかもっと結構なものまで浴びなけりゃならないからね――あのとき子供まで見さかいなく怪我させたんだから、女連だって勘弁しやしないさ」
ベルリンへ来た翌日から伸子と素子とは、一日に一度は市内のどこかで川瀬勇、中館公一郎そのほか二三人の青年からできているグループと会った。川瀬や中館は、伸子たちの住所も、およそのつき合いの範囲も知っていた。けれども、伸子たちには中館の住所も川瀬の住居も告げられていなかった。これらの人々の日常生活の内容についても、伸子たちとしては自分たちに会っているときの彼ら、伸子たちと行動している間の彼らのことしか、知らないのだった。しかし、ベルリンでは日本人の間にそういうつき合いかたがあるのも伸子と素子とに、不自然でなくうけとられた。
八
生れた国のなかで、会ったこともな
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