キい庭にも折から紫のライラックが満開で、その花房は剪《き》られて、柔かなレモン色にくるまれた老夫人のわきの卓にもあふれるばかりもられていた。それは色彩的だった。この老夫人の次男が、クーデンホフ・カレルギー伯で、一座の会話のなかでは、パン・オイロープというよび名でよばれていた。ヨーロッパ諸国はヨーロッパ諸国だけのヨーロッパ連合をつくって、政治経済の問題を処理し、文化も守るべきであるというのがクーデンホフ・カレルギー伯の汎《パン》ヨーロッパ主義だった。体の自由はうばわれていても、この婦人の身にしみついて、いまは過渡な華やかさは消えているヨーロッパ風の社交性と東京の女らしい淡泊さは一種の洗練された雰囲気に調和されていて、彼女が、
「ああ、パン・オイロープはね、あなた、今ブルッセルでございますよ」
などと話していると、いくらか時代ばなれした日本語のつかいかたがかえってみやびやかにきこえた。
このパン・オイロープという不在のひとの名と仕事のために、ウィーンの郊外の老人の隠栖も時々は賑わされている様子だった。伸子と素子とを、この老夫人の客間へつれて行ったのは、公使館づきの武官だった。瀟洒として目立たない縞の背広を着て、春らしい灰色のソフトと鹿皮の手袋をもったその人の風采は、陸軍少佐とは見えなかった。彼は、クーデンホフ未亡人に、伸子にもパン・オイロープに賛成して、署名してもらうべきだとすすめた。
「そうでございますよ。あなた。お一人でも多くみなさんの御署名をいただきましてね」
伸子は、だまって笑っていた。汎ヨーロッパ連合にソヴェト同盟は招待されていなかった。ロシアがヨーロッパのうちの一国ではないかのように。そして、国際連盟《リーグ・オブ・ネイションズ》がソヴェトもネイションズの一つである事実をみとめまいとして来ているように。ロマン・ローランが、汎ヨーロッパ連合に勧誘されたとき、もういまは世界の諸民族の結合のために努力すべきだ、という意味から拒絶したことを、伸子は、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の文学新聞《リテラトゥールナヤ・ガゼータ》で読んだことがあった。その記事は、ロマン・ローランがヨーロッパの知識人でさえも様々の形と表現で反ソ十字軍に組織されようとしていることを警告して、ソヴェトの事業が破壊されることは、世界から社会的自由と個人的自由の一切が失われることだ、
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