フ馬にひかれた荷車が通ってゆく。頻繁で多様なそれらの車馬の交通は、街の騒音を小味に、賑やかに、複雑にしている。こうしてウィーンの街はどっさりの通行人にみたされて繁昌しているように見える。だけれども、こんなに店があり、こんなに使いきれないのがわかっているほど品物があり、しかもどの店の品も真新しく飾りつけられているのを眺めて歩いていると、伸子はウィーンがどんなに商売のための商売に気をつかっているかということを感じずにいられなかった。ウィーンは、パリともロンドンともニューヨークともちがった都会の味――小共和国の首府としての気軽さをもちながら、その程よい貴族趣味と華麗で旅行者をよろこばせるように工夫されている。オペラと芝居のシーズンがすんでしまっているウィーンでも、ウィーンという名そのものにシュトラウスのワルツが余韻をひいているようだった。
 鞣細工品の店頭の椅子にかけて、素子は自分たちの前へ並べられた男もちの財布の一つを手にとり、しかつめらしくそのにおいをかいでいる。店員が、
「これはすばらしい品です。かいで御覧なさい。いいにおいがしていましょう? すぐわかります」
と云ったからだった。伸子は、気のりのしない表情で、皮財布のにおいをかいでいる素子の様子を見ていた。伸子は、そんなにして買物をたのしんでいる素子に対して、傷つけられた自分の気持を恢復できず、離れた気分でいるのだった。
 けさ、ホテルで、素子はどうしてあんなに伸子をおこらなければならなかったのだろう。自分の着がえのブラウスが、手まわりのスーツ・ケースに入っていなかったからと云って。ベッドのわきで着がえをはじめた素子は、さきに着てしまっていた伸子に、スーツ・ケースからブラウスを出すことをたのんだ。伸子はスーツ・ケースの下まで見た。が、素子のいう白いクレープ・デシンのブラウスは見当らなかった。伸子は、うっかりした調子で、
「どうしたのかしら、……ないわ」
と云った。
「ないことあるもんか。あれはたった一枚のましなんだから、入れなかったはずありゃしない。見なさい」
「ほんとに入っていないのよ……どうしたのかしら」
 手ごろなスーツ・ケースが伸子の分一つしかなくて、その一つに、素子のと伸子のと、二人ぶんの手まわりを入れて来ているのだった。
「ぶこがつめたんじゃないか」
 まだカーテンをあけず、電燈にてらされている寝室の中
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