ノは、ポーランド語で教育をうけることさえ禁じられていた人々が、古いロシアへ恨みをもっているというのなら、伸子にものみこめた。けれども、現在になってまで、これほどロシア語に反感がもたれているとは思いがけなかった。
「ポーランドの人たちは、いまのロシアがどんなに変っているか、知らないのかしら。――まるで別なものになってるのに……」
 遺憾そうに伸子が云った。ポーランドはソヴェト・ロシアになってから独立したばかりでなく、一九二〇年にウクライナのひろい地域を包括するようになった。
「あんまりいためつけられていたもんだから、猜疑心がぬけないんだろう。ソヴェトのいうことだって信用するもんか、と思っているんだろう」
 ポーランドでは軍人のピルスーズスキーが独裁者で、ポーランドの反ソ的な民族主義の立場を国際連盟《リーグ・オヴ・ネイションズ》に訴えては、ウクライナを分割したりしている。元ソヴェト領だったウクライナのその地方では時々ユダヤ人虐殺があって、伸子たちはモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の新聞で一度ならず無惨な消息をよんでいた。
 伸子と素子とは、いそぎもしない足どりでホテルのロビーを帳場へむかった。明日のメーデーはワルシャワのどこで行われるのか。劇場の在り場所でもきくように伸子たちはそれをホテルのカウンターできこうとしているわけだった。
 ロビーのひろさに合わして不釣合に狭苦しい古風なカウンターのところでは、折から到着した二組の旅客が、プランを見て、部屋をきめているところだった。その用がすむのを待って、伸子たちはわきに佇んだ。旅客たちはドイツ語で話している。いかにも職業用にフロックコートを着た支配人が、ヤー・ヤーとせっかちに返事して、何かこまかいことを云っているらしい一組の夫婦づれの方の細君に答えている。大きな胸の、赤っぽい髪の細君が、内気そうに鼻の長い顔色のよくない亭主をさしおいて旅先のホテルの泊りにも勝気をあらわして交渉している光景が面白くて、伸子は、いつの間にか自分がハンカチーフを落したことを知らなかった。
 そこへいかにも、このホテルのどこかで催されている宴会へでも来ているらしい一人の若いポーランド将校が華やかな空色の軍服姿で通りあわせた。彼はすっと瀟洒に身をかがめて伸子が落して知らずにいたハンカチーフを赤いカーペットの上からひろいあげると、
「ヴォアラ。
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