「もの、音楽とか絵とかカフェーとかマロニエとかパリの雰囲気として語られているものに期待するだけだった。けれども、現在の伸子は、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]についてクレムリンや並木道《ブリ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ール》の風物以外のより現実的な生活の組立てと動きとに魅せられているとおり、パリときくと、そこには何があるだろうかと、見とおしのきかない複雑な都会生活のリアルな細部を求めて気持が動き、フランス語を知らない自分たち二人がもっている貧弱な可能性について伸子は思うのだった。
もうとうに素子のスケート練習は中止だった。素子はそれでも三四度、大使館専用のスケート場へ通ったらしかったが、ころんでばかりいたってはじまらないや、と笑いもせずにつぶやいて行かなくなってしまった。伸子はベッドの中から惜しがって、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]にいるうちだわ、おやりなさいよ、とはげました。きっともうじき歩けてよ、いまやめちゃ、一生やらなくなっちゃうってことだもの。しかし素子は、わたしは駄目だよと伸子の激励をこばんだ。わたしは駄目さ。体をこわばらしちまうんだから。――伸子はそれ以上すすめることをやめた。素子自身に不可抗な、そういうことは素子の性格的な一つのあらわれであることを伸子は理解したから。
七月一日マルセーユ着という多計代からの電報をうけとってから、日に一度伸子の病室へ来る素子の来かたもおのずから内容がかわった。病人である伸子の気分もかわって、二人はこれまでのようにミカンをたべながらのんびりしているというような時間がなくなった。伸子と素子とは長椅子へ並んでかけた膝の上にヨーロッパ地図をひろげて手帳のうしろについているカレンダーを見くらべながら、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]からパリまでの道順を相談した。ウィーンとかベルリンとかいう都会にどのくらいずつの日数を滞在するかという予定をたてた。素子はそれとなしに河井夫人に相談して、二人の最少限の服装はでずいらずのウィーンでととのえるのがよかろうということになった。ウィーンからプラーグ。そこからカルルスバードへ行き、ベルリン、パリという順だった。それにしても、伸子がいつ退院できるものか。うちへは、今月末までに退院と電報をうってやったけれども、それは退院の見こみ、または伸子たちの
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