アしたような同時に問題を理解していないことがあらわれている答えかたを、青黒い、眼のくぼんだ顔の表情を動かさずきいていたが、やがて云ってきかすような口調で、日本の将来にとってあらゆる場合この天皇の問題が一番むずかしいし、危険な点でしてね、と云った。日本でも、共産主義者は、天皇制打倒を云っているんです。従ってこんど改正された治安維持法でも、第一条にこの国体の変革という点をおきましてね。きわめて重刑です。あなたも、社会についてどう考えられるのも自由だが天皇の問題だけは慎重に扱われたがいいですよ。藤原威夫は、タバコを吸わない人と見えて、長椅子にもたれている両腕を腕ぐみしたままこういう話をした。伸子がだまって彼のいうことをきいていると、藤原威夫は、声を立てない笑いかたで口のまわりを皺めながら、あなたのお母さんも、御婦人にはめずらしく深く考えておられると見えて、あなたの思想について御心配でしたよ、と云った。伸子は、胸のなかへ楔《くさび》をさしこまれるように肉体の苦痛を感じた。多計代が、伸子に対するあの昔から独特なひとり合点と熱中とでなまじい頭の動くまま、藤原威夫に何を話したのかと思うと、伸子はわが身のやりどころのない思いだった。それが伸子という娘に対する多計代の母の愛だというのは何たることだろう。伸子は、苦々しげに堅くほほえみながら云った。わたしは母にはもとから評判がわるくて。――さぞエゴイストだって云っていたでしょう。すると、藤原威夫はいま伸子を見ていると同じ冷静な表情で多計代をも観察したらしく、そうでもなかったですよ、と云った。感服もしておられたです。入院してからよこされたあなたの手紙にちっとも悲観の調子がないと云って。しかし、去年の夏ですか、弟さんが亡くなられたのは。それからあなたがちっとも手紙に思想上のことを書いてよこされなくなったのを心配しておられたでしょう。まあその点についても私からよく云ってあげましょう。
 多計代にとって、藤原威夫が何ものだというのだろう! 伸子は体がふるえる思いがした。多計代は、子供のことについては自分が誰よりも理解しているというくせに、現実ではいつも、思いがけない他人のわが子に対する批評をきいてまわり、その言葉に影響されている。保の家庭教師の越智の場合にしろ、そうだった。彼の主観的なまた性格的な批評が、そのまま多計代の伸子に対する感情表現にく
前へ 次へ
全873ページ中340ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング