黒カする意志のないことがわかるように云った。
「見事な下着――そして、上へ着るものは?」
女のひとも伸子といっしょに笑って、
「ほんとにね」
と同意した。
「すべての人は簡単にくらしたいと思っているんです。ただ誰にでもそうくらせるものではないんです」
伸子からうけとった下着類を女らしいしぐさで何ということなし自分で膝の上でたたみ直しながら、その女のひとは突然、
「あなた、子供さんは?」
と伸子にきいた。
「まだです」
そう答えて、伸子は夫もなかったのに、と自分の返事が飛躍したのに心づき、
「わたしには、まだ夫がないんです」
とつけ加えた。そのひとはそれについて何とも云わず、しかしどこかでその思い出が、外国の女の病室へ刺繍を見せに来ている現在の彼女の生活とつながっているらしく、
「わたしは子供をもったことがあったんです」
と話しだした。
「それは一九一九年の飢饉の年でね。年をとった真面目ないいドクターでしたが、わたしにこう云いました、いまこの子供を生んで、育てることができると思うかって。――わたしたちは、そういう時代も生きて来たんです」
伸子は去年、デーツコエ・セローのパンシオン・ソモロフで会った技師の娘の歯のことを思い出した。レーニングラード大学の工科の実習生として放送局につとめているそのソヴェトの娘は、可愛く大きく育った十九歳の体だのに、笑うと上歯がみんなみそっぱ[#「みそっぱ」に傍点]だった。その歯は飢饉のためだった。赤坊の乳歯から本歯にうつる年ごろに、その女の児がひもじく育ったせいだった。
双方の言葉がとぎれているところへ、ナターシャが、例の踵をひく歩きつきで病室へ入って来た。女のひとは、ナターシャが窓ぎわの台で何かさがしている姿を眺めていたが、しみじみと、
「これが、わたしたちの時代、ですよ――ねえ、ナターシャ。あなたお産の準備にいくら貰うの?」
「月給の半分。――産院は無料なんです。それに九ヵ月の牛乳代」
「決してわるかないわ」
女のひとは、なお暫くだまって何か考えながら長椅子にかけていた。が、ナターシャが出てゆくと、つづいて、
「では、お大事に。さようなら、わたしは多分あさってごろ退院するでしょう」
優美であるけれども素姓のあいまいなすらりとした後姿を廊下へ消した。
たった一ぺんだけ伸子の病室に現れて何かの生活の断片を落し、しかしもう二度
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