ュしずつ。いいですか)」
そのほかのとき、伸子は明るく透明な雪明りに澄んだような気分ですごした。右の脇腹の中に黒くて柔くて重たいものがあって寝台から動けない、そのためになおさら心は安定をもって、ひろびろとただよい雪明りとともにあるようだった。伸子は、非常にゆっくり恢復の方へ向って行った。病気の原因はわからないまま。そして、規則正しくて単調な朝と夜との反復の間に、いつか伸子の心から、保が死んで以来の緊張がゆるめられて行った。その全過程について伸子が心づかないでいるうちに。保が死んだとき、八月のゼラニウムが濃い桃色の花を咲かせているパンシオン・ソモロフの窓ぎわで、懇篤なヴェルデル博士が、蒼ざめている伸子の手をとって、あなたはまだ若い、生きぬけられます(モージュノ・ペレジワーチ)と云った。いまこそ、伸子は生きぬけつつあった、突然な病気という変則な大休止の時期をとおして。
モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]大学の病院には一等二等三等という区別がなかった。伸子のいるのは、内科の婦人ばかりの病棟で廊下のつきあたりに三十ばかりベッドの並んだ広い病室が二つあり、その手前に、四つばかりの小病室が並んでいた。小病室には二つずつ寝台があって、病気の重いものがそこへ入れられた。けれども、小病室があいていて一人を希望すれば、伸子がそうしているように、室代を倍払うだけで一人部屋にもなった。糖尿病の患者の女が退院すると、その女のいたベッドは伸子のとなりからもち去られ、大きい長椅子がもちこまれた。
素子が、その長椅子に脚をまげてのっていた。面会時間で、伸子がねているベッドの裾の方のあけはなしたドアのそとの廊下を、毛糸のショールを頭からかぶった年よりの女が籠を下げ、子供をつれて大病室の方へゆくのなどが見られた。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]では病院でも産院でも、原則として外から患者へ食べものをもちこむことは禁じられていた。
「考えてもごらんなさい。肉やジャム入りの揚饅頭が、胃の潰瘍にどんな作用をするか。しかも多勢の中にはそれさえたべたら病気がなおるとかたく信じている患者がいるんです」
助手のボリスはそう云って笑った。素子は、伸子の正餐のためにルケアーノフのところから鶏のスープと鶏のひき肉の料理とキセリ(果汁で味をつけた薄いジェリーのようなもの)を運ばせる許可を得た。
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