L子が、
「いいことがある!」
と云った。
「パ・オーチェリジ(列の順)と云ってすましてましょうよ、ね?」
 パンを買うにも、劇場や汽車の切符を買うにもモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の列の秩序はよく守られた。長い列の中でも、ちゃんと番さえとっておけば途中で別の用事をすまして来ても、番が乱されることはなかった。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の市民生活のモラルの一つなのであった。
 伸子たちが評定している間もなく、玄関の呼鈴が鳴ってソコーリスキーが帰って来た。細君がいそいで出迎える気配がした。ひそひそ声で訴えるようにしゃべっている。夫婦の寝室になっている部屋のドアがあいて、しまった。
 するとアニュータが、伸子たちのドアをノックして、戸をしめたままそとから高い声に節をつけて、
「アーベェード」
と呼んだ。
 伸子たちがこっちのドアから出てゆく。その向い側のドアがあいて、ソコーリスキー夫婦が出て来た。下手な芝居の一場面のような滑稽なぎごちなさで四人がテーブルへついた。きょうもよく磨いた長靴をはいているソコーリスキーが、テーブルに向って椅子をひきよせながら、
「さきほど、家内が部屋のことについてお話ししたが、よく御諒解なかったそうでしたね」
と云いだした。
「ええ。突然のことだし、大体、あんまり例のないことですからね」
 ソコーリスキーは、気のきいた黒い髭に指を当ててちょっと考えていたが、
「そうです、そうです」
 自分にむかっても合点するように頭をふった。
「われわれの生活には、例のないことも起ることがあるんです。――ともかく正餐をすませてからにしましょう」
 細君はひとことも口をきかず、赤いむらむらは消えたかわり妙に色がくろくなったような顔で、まずそうに犢《こうし》の肉を皿の上でこまかくきっている。
 ほとんど口をきかないで食事が終った。細君はすぐ立って寝室の方へ去った。アニュータがテーブルを片づけに入って来た。うちのなかにおこることは何から何まで知られて困らない召使をもっている人間の気がねなさで、ソコーリスキーは早速、
「では、われわれの事務を片づけましょう」
と、ディヴァンの方へうつった。
 ソコーリスキーは、細君が伸子たちに云ったと同じことを、細君より順序よく、もっと重要性をふくめてくりかえした。ソコーリスキーが、神経の亢奮やいらだちを
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