Aわたしたちだってモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]から出る前だったんだし、よかったのさ。こんどは少し腰をおちつけなくちゃ」
 伸子たちの夏の休暇は、間に保の死という突発の事件をはさみ、予定より長びいた。ひきつづいて歌舞伎が日本から来たことは、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]にいた多くの日本人の気持にふだんとちがった影響を与えた。なかでも芝居ずきの素子は、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]で歌舞伎を観るということに亢奮した。そして、その旧い歌舞伎の根元から思いがけない若さでひこ生えて来ているような長原吉之助の俳優としての存在が、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の環境で、伸子と素子との日常に接近した。伸子は、保に死なれ、生れた家や過去の生活ぶりから絶縁された自分を感じている心の上へ、長原吉之助や映画監督エイゼンシュタインが新しい生活と芸術を求めて動いているエネルギーを新しい発見としてうけとった。うち[#「うち」に傍点]はないようになっても、うち[#「うち」に傍点]よりほかのところに伸子の精神につながった動きがあるという確認は、伸子を力づけた。長原吉之助がモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]を立ってから、伸子は一層自分を、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]生活にくっささったものとして感じた。素子も、吉之助がパッサージ・ホテルを去った次の週から、またモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]大学へ通いはじめた。素子の勉強ぶりには、何となく、とりとめもなく煙のあとを目で追いながらタバコをくゆらしていたひとが、急に果さなければならない義務があったのを思い出して、灰皿の上へタバコをもみ消しながら立ち上った趣きがあった。
 素子の日常が、レーニングラードへ出かける前の初夏のころとあんまりちがわない平面の上で廻転しはじめた。一つ部屋に暮してそれを見ながら、伸子は平面で動けなくなっている自分というものを感じ、しかしくっささったぎりそれからさきの自分の動かしようはわからないでいる感じだった。
 二人の外国女として伸子たちの求間広告がモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]夕刊の広告欄に出た二日後、伸子たちは一通の封書をうけとった。それはタイプライターでうたれた短い手紙だった。要求にふさわしい一室があいている。毎日午後二
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