キことのように思えた。メイエルホリドの舞台は強度に様式化されていて、人物の性格描写も、ム・ハ・ト(芸術座)のリアリスティックな演技とは正反対に、観念で性格の焦点をつかんだ運動で様式化して表現された。フレスタコフもそういう演出方法だった。そういう舞台で、ガーリンのような額をもつ俳優が、鋭い運動神経で現在成功していることもわかる。しかし、伸子は、何だか芝居としてメイエルホリドの舞台に沈潜しにくいのだった。
ガーリンは、一時間ばかりいて、帰って行った。一二度、吉之助のやる型を見習って、すぐ自分で床に膝をついてやって見たりした。
「こっちのひとたちは、あんな人気俳優でもあっさりしていますね」
吉之助は師匠役に満足したらしく云った。
「われわれの間じゃ、何一つおそわろうたって、大したさわぎなんです。人を立てたり、つけ届けしたり」
「そりゃ能も同じですよ。家伝だもの――大したギルドですよ」
伸子は、ガーリンのおでこのことを話した。
「気がつかなかった?」
「そうだったかな」
運動神経のよさと、俳優としての人間描写の能力とは同じものでないし、いつも同じ一人の中にその二つの素質が綜合されてあるとも思えない。伸子は俳優としてのガーリンの一生を、平坦な発展の道の上に予想できなかった。
「それもそうだけれど、吉之助さん、どう思う? わたし、さっきガーリンと話していてふっと思ったのよ。こんど歌舞伎が来て、一番熱心に見学したり、特別講習をうけたりしたのはメイエルホリドだったでしょう。次は『トゥランドット』をやっているワフタンゴフ。ム・ハ・ト(芸術座)はその割でなかったでしょう? あれは、どういうことなんだろうと思ったの」
「ム・ハ・トには演技の伝統が確立しているからなんじゃないですか」
「そりゃそうだよ、ぶこちゃん」
「わたし、それだけだとは思わないなあ」
伸子は、真面目な眼つきで吉之助を見た。
「ム・ハ・トは、リアリズムで押しているのよ、そうでしょう?『桜の園』から『装甲列車』へと移って来ているけれども、それはリアリズムそのものを押して発展させて動いて来ているんです。メイエルホリドはあんな風に様式化して、動的にやろうとしているけれど、ああいう線が本質的にどこまでも発展できるのかしら……。わたし、ム・ハ・トが、歌舞伎の隈《くま》に大して関心を示さなかったのに、メイエルホリドが熱心だ
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