\情で、
「西洋の俳優も、芸の苦心はいろいろあるでしょうが、わたしのような立場で苦しむことはないんじゃないでしょうか」
と云った。
「古典劇が得意で、たとえばシェークスピアものをやる人だって、現代ものがやれるんでしょう。日本の歌舞伎と現代もののちがいみたいなちがいは、よその国にはなかろうと思うんです」
「考えてみると、日本てところは大変な国だなあ」
 からのパン皿のふちへタバコをすりつけて消しながら素子が云った。
「チョン髷のきりくちへ、いきなりイプセンがくっついたようなもんだもの」
「問題が問題ですから、てまがかかりましょうが、ともかく何とかやって見るつもりです」
 そう云ってしばらく考えていた吉之助は、やがてもち前の熱っぽい口調で、
「私生活からでも、思いきってかえて行ってみるつもりです」
 伸子には、吉之助が決心を示してそういう内容がすぐつかめなかった。歌舞伎俳優として、しきたりのような花柳界とのいきさつとかひいき[#「ひいき」に傍点]客との交渉とか、そういう点を整理するという意味なのか、それとも別のことなのか、判断にまよった。同じようにすぐ話の焦点のつかめなかったらしい素子が、
「私生活っていうと?」
とききかえした。
「粋すじですか」
 そうきいて、素子はちょっとからかう眼をした。
「わたしは、そっちはどっちかっていうとほかの人たちよりあっさりしているんです。自分がつくらなけりゃあそういう問題はおこらない性質のものでしょう。わたしのいうのは主に結婚生活ですね」
 ひろがっていた話題が、再び急に渦を巻きしぼめて、吉之助は知らない素子の感情の周辺に迫って来た。
「うまく行きませんか」
「――わたしの場合はうまく行きすぎているんです。そこが問題なんです」
 伸子は吉之助の話につよい関心をひかれた。同時に、良人によってそういう風に友人の間で話される妻の立場というものを、伸子は女として切ないように感じた。
 素子もだまった。しかし、吉之助は、歌舞伎のことを話していたときと同じまじめな研究の調子で、
「わたしたちの結婚は、土台わたしに妻をもらったというより、早くから後家で私を育てた母の助手をもらったみたいなところがありましてね」
と云った。
「よくやってくれることは、実によくやってくれているんです。その点一言もないんですが……細君には、俳優が芸術家だってことや成長しよ
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