ですがね。ああいうのが、自然だし、また現実でしょう? パルチザンの指導者が、農民自身の中から出て来るいきさつっていうものは――天下りの指揮者がないときに――だから、リアリズムがとことん[#「とことん」に傍点]まで徹底すれば、おのずから、あすこへ行く筈じゃないんですか。どだい、些末主義なんか、リアリズムじゃありませんよ」
 秋山宇一は、質問者に応答しつけて来たもの馴れたこつ[#「こつ」に傍点]で、
「今日のソヴェトでは、一つの推進的標語として、弁証法的方法、ということが云われていると理解していいんでしょうね」
 それ以上の討論を、すらりとさけながら云った。
「大局では、もちろん、リアリズムを発展的に具体化しようとしているにほかならないでしょうがね」
 厚い八角のガラスコップについだ濃い茶を美味そうにのみながら、瀬川が意外そうに、
「吉見さん、あなた、なかなか論客なんですね」
と、髭をうごかして云った。
「わたしは、これまで、佐々さんの方が、議論ずきなのかと思っていましたよ」
 素子と伸子とは思わず顔を見合わせた。瀬川の着眼を肯定しなければならないように現れている自分を、素子は、自分であきれたように、
「ほんとうだ」
とつぶやいた。そして、すこし顔を赧《あか》らめた。
「ぶこちゃん、どうしたのさ」
「わたし?」
 伸子は、何と説明したらこの気持がわかって貰えるかと、困ったようにほほ笑んだ。
「――つまり、こうなのよ」
 その返事をきいてみんな陽気に笑った。素子が議論していることや、秋山の答えぶりの要領よさについて、伸子は決して無関心なのではなかった。むしろ、鋭く注意してきいていた。けれども、劇場でうけてきた深い感覚的な印象のなかから、素子のようにぬけ出すことが伸子の気質にとっては不可能だった。伸子の感覚のなかには、云ってみれば今朝から観たこと、感じたことがいっぱいになっていて、粉雪の降るモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の街の風景さえ、朝の雪、さては夜の芝居がえりの雪景色と、景色そのまま、まざまざと感覚されているのだった。伸子は、|М《ム》・|Х《ハ》・|Т《ト》の演出方法の詮索よりも、その成功した効果でひきおこされた人間的感動に一人の見物としてより深くつつまれているのだった。
 一座の話が自然とだえた。そのとき、どこか遠くから、かすかに音楽らしいものがきこえ
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