フ入った一つの行李だけ別にして保に保管をたのんだ。その行李の中には、もしかしたらモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へおくってほしくなるかもしれないと思う本ばかりをひとまとめにしてあった。伸子がそのことをたのんだとき、保はなぜか、すぐああいい、と言わなかった。ちょっとの間だまっていた。それをけげんに感じた伸子が重ねて、ね、たのむわ、いいでしょう、と念をおしたとき保は、ともかくわかるようにしておく、と言った。
「僕がいなくてもちゃんとわかるようにしておくから姉さん安心していい」
 保のその言葉は、ひと息に云われて、何ということなく伸子の印象にのこった。今になって思いおこすと、保の心にはもうそのとき、自分がいつまでも生きているとは思えない計画が浮んでいたのだったろう。伸子が動坂の家へ荷物を運びこんだのは十月のはじめだった。二ヵ月前新聞に出た相川良之介の遺書は、保に長い計画的な死の準備を暗示しなかったとは、伸子に考えられなくなった。相川良之介の遺書には、三年来、死ぬことばかり考え、そのために研究して来た、とかかれていた。保は三月下旬に、第一回を試みて、失敗した。十月ごろからほぼ半年たっている。八月一日といえばその三月からまた半年ちかい時間があった。その間に、保は、大学へ入るときどの科を選ぼうかと伸子に手紙をよこし、六月にはあんなに元気そうに、今年の夏休みは大いに自転車ものりまわし愉快にやってみるつもりです、といってよこした。伸子は、自分がどんなに単純にそのハガキをよんで安心していたかということが今やっとわかるようだった。愉快にやってみるつもりです、という表現に気をつけてよめば、それは、きわめて陰翳にとんでいるわけだった。愉快にやってみるつもり、という言葉のかげには、愉快になれない現在を一飛躍して見よう、という努力の意味がこもっている。しかも、愉快にやってみるつもり[#「つもり」に傍点]だが、それがうまく行かなければ、と、保の内心には、執拗な死の観念と生への誘いのかね合いが感じられていたのだったろう。伸子は、そんなことすべてに気がつかなかった。気がつかなかったということから、伸子は保に対する自分の情のうすさを責められた。
 一月に、温室について保へ書いた伸子の手紙に対して多計代が怒り、伸子をののしった手紙をよこした。それぎり多計代と伸子との間に直接のたよりは絶えてし
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