ニして、性的な意味でほんとに開花していなかった。伸子は、ほんとの意味では女にも妻にもなりきらないまま、素子と暮すようになったのだった。けれども、伸子は自分の女としてのその微妙な状態について、何と比較するよしもなく、従って知りようもなかった。本質ははげしいけれど今は半ば眠っている伸子の官能のなかで、まだその全能力を発揮させられずにいる強い愛の能力の範囲で、伸子は素子にひかれ、暮しているのだった。伸子としては、自分が自分の頬を素子の頬にふれさせたい気持になることがあること、唇をふれ合うこともあること。そういう感情や表現を、そっくりそのまま男と女との間のことと同じとは感じていなかった。それはちがうのだもの。素子は女なのだもの。未開のままその生活からはなれたと云っても、伸子は佃と恋愛した。夫婦の生活をした。伸子にとって男と女のちがいは、自然がそれを区分しているとおりはっきりしていて、素子は男の代償という意味ではなく、どこまでも女として、友達として、しかし、そこには頬をふれる気持になるようなところのある女友達として、伸子は結ばれているのだった。
 モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ来て暮すようになってから、伸子と素子の生活は、駒沢にいた時分より、ずっとのびやかに、解放された。特に男たちから、伸子と素子との表面の暮しのかげに、なにか偏奇なグロテスクなものでもありそうにのぞきこまれる苦痛がなくなった。それに抵抗して、強いても二人を一組に押し出そうとするような伸子のうらがえされた恥辱感も消された。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]では、伸子たち二人が、つれだって遠い国から来ている外国の女たちだからと云うばかりではなかった。ソヴェトの社会生活では、男と女との接触が理性的にも感情的にも解放されていて、その間のいきさつはめいめいの自然の流れにしたがい、社会的責任で処理されている。そういう雰囲気の中では、性に関する好奇心とでもいうようなものも、表面で封鎖されているだけに、すべての下心が一枚はがれた下では、いつもかくされた亢奮ではりつめているような日本の状態とはちがった。すべてのことを感覚へじかにうけとるたちではあるけれども情慾的であるとは云えない伸子の気質は、ソヴェトのその雰囲気に調和した。そして、佃との苦しい生活で傷《いた》められた伸子が、異性への自然さを失わないな
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