スちに紹介した。
「私の秘書として働いています」
 多分このひとの子供だろう、ゴーリキイが、赤坊をだいてとっていた写真のあることを伸子は思い出した。
 ゴーリキイは、伸子たちに、ソヴェトをどう思うか、ときいた。
 伸子は少し考えて、
「大変面白いと思います」
と答えた。
「ふむ」
 ゴーリキイは、面白い、という簡単な表現がふくむ端から端までの内容を吟味するようにしていたが、やがて、
「そう。たしかに面白いと云える」
と肯いた。
「ソヴェトは、大規模な人類的実験をしています」
 そして、日本へ行ったソヴェト作家の噂が話題になった。また、日本で翻訳されているゴーリキイの作品につき、上演された「どん底」につき、主として素子が話した。
 素子は、素子の訳したチェホフの書簡集を、伸子は伸子の小説をゴーリキイにおくった。ゴーリキイは、綺麗な本だと云って伸子の小説をうちかえして眺めながら、日本の法律は婦人の著作について特別な制限を加えていないのかと素子に向ってたずねた。素子は、
「女でも自分の意志で本が出せます――勿論検閲が許す範囲ですが」
と答えた。ゴーリキイは、
「そうですか」
と意外そうだった。
「イタリーでは、婦人が著書を出版するときには、若い娘ならば父兄か、結婚している婦人なら夫の許可が必要です」
 そして、真面目に考えながら、
「それはむしろ不思議なことだ」
と云った。
「日本というところは婦人の社会的地位を認めていないのに、本だけが自由に出せるというのは――」
「それだけ日本が女にとって自由だということではないと思います」
 伸子が、やっとそれだけのロシア語をつかまえて並べるように云った。
「それは、古い日本の権力が、女の本をかく場合を想像していなかったからでしょう」
「――あり得ることだ」
 社会のそういう矛盾を度々見て来ている人らしく、ゴーリキイは、笑った。伸子たちも笑った。三人の間に、やがて日本の根付《ねつけ》の話が出た。はじめゴーリキイは、誰かにおくられて日本の独特な美術品のニッケ[#「ニッケ」に傍点]をもっていると云った。話してゆくと、それは根付のことだった。
 低い肱かけ椅子にかけているゴーリキイは顔のよこから六月の朝の澄んだ光線をうけて額に大きく深い横皺が見えた。ネ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]河の小波だつ川面をわたって、ひろく窓から入っている
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