yン先でつけられた赤インクのかぎ[#「かぎ」に傍点]は、そんな風にのんびりと、日本の現実について無知なまま自由になっている伸子の体のどこかを、その赤いかぎ[#「かぎ」に傍点]でひっかけて、窮屈なところへ引っぱり込もうとするような感じを伸子に与え、伸子は抵抗を意識した。
うす曇りのメーデイの朝、赤い広場の観覧席の仕切り綱の中に立って、まだ空っぽの赤い演壇の方を眺めながら、伸子は、素子と記者との間に交わされた話から、赤インクのかぎ[#「かぎ」に傍点]の形を生々しく思い出した。抵抗の感じがまた全身によみがえって来た。その抵抗の感じは、すべての感受性をうちひらいてメーデイの行事を観ようとして来ている伸子の軟かい心と、瞬間鋭く対立した。観覧席で、まわりの人々は腕時計を見たり、とりとめなく話し合ったりしながら折々期待にみちた視線を赤い広場の入口へ向けている。その中に交っている伸子の背の低い丸い顔は、質素な紺の春コートの上で、弱々しいような強情のような一種の表情を浮べた。
そのとき、何の前ぶれもなしに、突然猟人広場の方から轟くようなウラーの声がつたわって来た。観覧席は俄に緊張し色めきたった。
「スターリンですか」
「さあ……」
「見えますか」
「いいや」
尾の房々と長く垂れた白馬にまたがった一人の将校を先頭に黒馬に騎《の》った十余人の一団が、猟人広場の方から赤い広場へ入って来た。広場へ入ると、その騎馬の一団は広場のふちにそって※[#「足+(枹−木)」、第3水準1−92−34]足《だくあし》で外交団席の前を通り、赤い演壇の下を進んで、伸子たちのいる観覧席の少し手前まで来た。観覧席に向って進んで来る白馬の騎兵をじっと見守っていた伸子が、
「ブジョンヌイよ!」
びっくりしたような、よろこばしいような声を立てた。
「あの髭! あの髭はブジョンヌイだわ!」
白馬にのった将校の顔の上には、ほかの誰もつけていない大きい黒髭が、顔はばを超して左右にのびていた。
「ほんとだ!」
素子も、おもしろそうに肯定した。一九一七年から二〇年にかけてウクライナで革命のために活躍した第一騎兵隊と云えば、その英雄的な物語は戯曲のテーマにもなっていた。ブジョンヌイは、その第一騎兵隊の組織者、指導者として、コサック風の大髭とともに、伸子のような外国人にさえ親愛の感情をもたれていた。
騎馬の一団は、伸子た
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