フだった。
 その展覧会はやっときのう開かれたばかりだった。まだ邪魔になるほどの人もいない明るくしずかな会場のそこのところを、伸子は一二度小戻りして眺めた。有名になり、作品があらわれてからのゴーリキイは、こんなに写真にとられ、その存在はすべての人から関心をもたれている。だけれども、それまでのゴーリキイ、生きるためにあんなに骨を折らなければならなかった子供のゴーリキイ。卑猥《ひわい》で無智だったパン焼職人の若い衆仲間のなかで、遂に死のうとしたほど苦しがっていた青年時代のゴーリキイ。それらの最も苦しかった時代のゴーリキイの写真は一枚もなくて、ただ彼の生へのたたかいのその背景となった町々ばかりが写されているということに、伸子はその場を去りがたい感銘をうけた。ありふれた世間のなかに、そのひとの道がきまったとき、人々はそのものの存在のために場所をあけ、賞讚さえ惜しまれず無数の写真をあらそってうつす。けれども、まだゴーリキイが子供で、その子がその境遇の中で、生きとおせるものか、生きとおせないものか、それさえ確かでなく餓えとたたかい悪とたたかってごみすて場をさまよっていたとき、そして、若いものになって、ごみくたのような生活の中に生きながら自分のなかで疼きはじめた成長の欲望とあてどのない可能の予感のために苦しみもだえているとき、周囲は、その生について知らず、無頓着だった。「三人」や「マカール・チュードラ」を文学作品としてほめる瞬間、人々はそこに自分の知らない生についてのロマンティックな感動をうけるだけで平安なのだろうか。
 ゴーリキイの幼年と青年時代を通じて、一枚の写真さえとられていない事実を発見して、伸子は新しく鋭く人生の一つの面を拓らかれたように感じた。トルストイの幼年時代の写真は全集にもついていた。レーニンも。チェホフはどうだったろう? 会場の窓ぎわに置かれている大きい皮ばりの長椅子にかけて休みながら、伸子は思い出そうとした。チェホフの写真として伸子の記憶にあるのは、どれも、ここにゴーリキイとうつっているような時代になってからのチェホフの姿ばかりだった。少年のチェホフの写真をみた人があるかしら。――記憶のあちこちをさぐっていた伸子は、一つのことにかっちりとせきとめられた。それはチェホフも少年時代はおそらく貧乏だったにちがいない、ということだった。チェホフの父は解放された農奴で
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