A自分の心のそんな柔かさをどうすることが出来るだろう……。
伸子は、三月近いモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]のよごれてふくらみのへった雪の見えるホテルの二重窓の前に長いあいだ佇んでいた。
第二章
一
それは、ほんとに狭い室だった。ヴェラ・ケンペルが彼女夫婦の暮している鰻《うなぎ》の寝床のように細くて奥ゆきばかりある住居をモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の壁と壁とのわれめ、といったのが当っているとすれば、伸子と素子とがアストージェンカの町角にある建物の三階に見つけた部屋は、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の壁と窓とのすき間住居と云うようだった。
マリア・グレゴーリエヴナと、三人であっちこっちさがして歩いた貸間には住めそうなところがなくて、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]夕刊に出した求室広告に案外三通、反応があった。
一通はモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]河の向う岸にいる家主からだった。一通はトゥウェルスカヤの大通りをずっと下って鷲の森公園に近いところ。最後の一通がアストージェンカ一番地、エフ・ルイバコフという男からだった。
「変だな、ただアストージェンカきりで、町とも何ともないんだね、どの辺なんだろう」
その手紙は、ぞんざいに切った黄色い紙片に、字の上をこすったり濡《ぬら》したりすると紫インクで書いたように色が浮きでて消えない化学鉛筆で書いてあった。簡単に、われわれのところに、あなたがたの希望条件に叶《かな》った一室がある、お見せすることが出来る、という男文字の文面だった。ひろげたその手紙とひき合わすように、テーブルの上にかがみかかってモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]市街地図をしらべていた素子が、
「へえ。――こんなところに、こんな名がついているんだね。ぶこちゃん! 場所はいかにも、もって来いだよ」
地図をみると伸子たちがいるホテル・パッサージから狩人広場へ出て、ずっと右へ行き、クレムリンの外廓を通りすぎたところにデルタのようにつき出た小区画があって、そこがアストージェンカだった。
「一番地て云えば、とっつきなんだろうな」
地図に見えている様子だと、そこはモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]河にも近いらしいし、並木道《ブリ※[#濁点付き片仮名
前へ
次へ
全873ページ中128ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング