c念そうに赫っぽい髪がポヤポヤ生えた大きい頭をふった。そのいきさつをほほ笑みながら見ていた夫人が伸子たちにむかって、
「わたしもお酒はよわいんです」
と云った。
「でもレモンを入れたのは、軽いですよ。いい匂いがするでしょう?」
 そう云われてみると、そのテーブルの上には同じ様に透明なウォツカのガラス瓶が幾本もあるなかに、レモンの黄色い皮を刻みこんだのが二本あって、伸子たちの分はその瓶からつがれたのだった。
 素子は気持よさそうに温い顔色になって、
「ウォツカもこうしてレモンを入れると、なかなか口当りがいい」
 のこりの半分も遂にあけた。
「ブラボー! ブラボー!」
 ポリニャークが賞讚して、素子の杯を新しくみたした。
「ごらんなさい。あなたのお友達は勇敢ですよ」
「仕方がないわ。わたしは駄目なんです」
 だめなんです、というところを、伸子は自分の使えるロシア語でヤー、ニェマグウと云った。ポリニャークは面白そうに伸子の柔かな発音をくりかえして、
「わたしはだめですか」
と云った。それは角のある片仮名で書かれた音ではなく平仮名で、やあ にぇまぐう とでも書いたように柔軟に響いた。伸子自身は、しっかり発音したつもりなのに、みんなの耳には、全く外国風に柔かくきこえるらしかった。主人と同じように大きい体つきで、灰色がかって赫っぽい軽い髪をポヤポヤさせている真面目なアレクサンドロフも、伸子を見て、笑いながら好意的にうなずいた。
 やがて日本とロシアと、どっちが酒の美味い国だろうかというような話になった。つづいて酒のさかなについて、議論がはじまった。この室へ入るなり酒をすすめられつづけた困難から解放されて、伸子は、はじめてくつろぐことが出来た。ペチカに暖められているその部屋は、いかにもまだ新しいロシアの家らしく、チャンの匂いがしていた。床もむき出しの板で、壁紙のない壁に、ちょいちょいした飾りものや絵がかけられている。室はポリニャーク自身の大柄で無頓着めいたところと共通した、おおざっぱな感じだった。自分なりの生活を追っている、そういう人の住居らしかった。
 ポリニャークは、同じようなおおざっぱさで、細君との間もはこんでいるらしかった。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]小劇場の娘役女優である細君は、ブロンドの捲毛をこめかみに垂れ、自分だけの世界をもっているように、しずかにそ
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