ォの様子や、あの眼を思うと、切なくなって来てしまう。何てこってしょう! ねえ。話をきいているうちに、わたし、幾度もナターシャのこと思い出してよ。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の、あのはたん杏[#「はたん杏」に傍点]の頬っぺたの、みもちのナターシャ。あんなにたのしく赤坊を生もうとしてはりきっていたナターシャ。須美子さんの苦しさと何てちがいでしょう。この世界には、そういうたのしさや新しい美しさがあらわれはじめた、って話したとしたら、須美子さん何と思うかしら。――ねえ、どう思うと思う?」
だまって歩いている素子の返事を求めて、伸子は自分の腕のなかにある素子の腕をゆすぶった。
「わたしは、もうちょっとで唇から出かかったのを、やめたのよ。須美子さんがナターシャの話は、もう、自分の苦しさと関係ないよそのことのような眼をしたら、わたし、いよいよ、須美子さんがせつなくなってしまう。それに、磯崎さんに話すにきまっているでしょう。須美子さんが本気で話したにしても、磯崎さんが、宣伝だろう、なんていうかもしれないと思うと、なお云えなくなっちゃった」
しばらくして、素子は、実際的な口調で、
「いずれにせよ、田舎へやってある子供の病気ってのが、何でもなくすめばいいがね」
と云った。帰りしなに、上の子供をあずけてあるフォンテンブローの田舎の主婦から、手紙で、この二三日すこし子供の調子がわるい、と告げて来ていると云ったのだった。ドアのところで、二人の手を握りながら須美子は、
「こんやは、ほんとにありがとうございました」
と、云った。
「おかげさまで、わたし、元気がでましたわ」
そして、黒いおかっぱと、黒い眼のなかで、ほほえんだ、そのとき、田舎からの手紙のことが簡単にふれられたのだった。
第二章
一
七月一日にマルセーユに着く予定の佐々の一家五人は、少女のつや子までをふくめて五月二十五日ごろ神戸を出帆する郵船の船にのったはずだった。
そのことについては伸子と素子とが四月二十九日にモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]を立って来る前、東京と打ち合わせたきりであった。カトリ丸の出帆は汽車と同じように日どりを狂わせない。さぞ大騒動であろう佐々の全員の出発も、船の出帆ばかりはのばさせられないという条件から確実にされている感じで、特別な連絡のない
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