フ夕暮は長かった。そのしずかで長い夕暮れいっぱい、人々は次第に濃くなる夜につつまれながらうすらあかりのなかにいるのだった。
 デュトの通りへ出ると、街上の気分はずっと陽気で小さい雑貨店だの食料品店がならんでいる。町角で、二三人のおかみさんが立ち話をしたりしている。
 伸子たちは、いつもその入口は明けっぱなしでドアがあるのかないのかわからないようで戸口番《コンセルジュ》もいないデュト通五八番地の木の階段を、ことことと音をたてて登って行った。入口に電燈はなく、厚く古い壁に沿った階段はもう足もとが暗かった。二階のつき当りのドアが磯崎恭介夫妻の室の入口だった。ノックすると、奥の部屋から靴音がして、
「どなたですか《キ・エ・ヴー》?」
 須美子の声がした。しっとりと、端正な発音だった。
「わたしですよ」
 すぐドアが開かれた。
「まあ、もうおよろしいんですの?」
 それは素子の歯痛のことだった。
「よく、おいで下さいましたこと」
「ちょっと――かまいませんか。おさわがせしたからお礼かたがた散歩に出て来たんです」
「どうぞ。――丁度かづ子も眠ったところでようございましたわ」
 須美子は、装飾らしいもののまるでないその室の椅子にかけた素子の頬を見ながら、
「もうはれていらっしゃいませんのね」
と、ほほえんだ。
「こちらでは、日曜に何かおこると、ほんとに困りますわねえ」
 はじめての子を、須美子は日曜日に生んだのだそうだった。
「でも、お産の方がよろしいわ。日曜日でもお産だけは格別で、かえってみなさん親切にたすけて下さいますから……」
 無装飾な鈍い壁の色をむきだしたその室のなかで、大きい静かな眼の上まで前髪のきり下げてあるおかっぱと、東洋風に小さいたてカラーのついた黒い服をすらりとつけている須美子の姿は、独特に美しく、また、いつみても伸子の心に伝わるある淋しみがあるのだった。
「磯崎君は?」
 素子がきいた。
「今晩はお友達の会だって、出かけて居ります。めずらしいことですわ」
「あなた、行かないんですか」
「――子供がおりますから……」
 そう云ったあとで、須美子は、ちょっと顔をうつむけた。彼女のうなじを、黄昏《たそがれ》の光がかすめた。カーテンのない窓が、こみあったデュトの通の内庭に面してあいている。
「ここのマダムにおたのみになれないの?」
 良人の留守、ひとりでいなければな
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