eンがかかっている。お伽噺めいた麦藁屋根の緑色に塗られている小屋に好奇心をうごかされて、露台へ出るたびに伸子はきっとそこを見おろすのだったが、人影をとらえたことは一度もなかった。人がいることのあるのは確かなのに。ほとんど、いつも緑の小屋の窓はあいていて、そこから黄色いカーテンがのぞいているのだから。
ヴォージラールのその裏側は、昼間でも静かに、ひっそりとしていて、たくみに出入口をかくされている緑の小屋のぐるりは石塀に囲まれている。その壁のそとに、フランス風に砂利をしいた小道がひとすじ通っていた。その小道をへだてて、鉄の手摺りがついた五段の入口をもった三階の家があった。伸子のところから見える側の各階に五つずつの窓が開かれていて、屋根裏部屋の窓も小さいのと、大きいのと二つきられている。いまはどこにも姿を見せていないが、そこが少女のための孤児院だろうと思われるふしがあった。ある朝、起きぬけに伸子が、露台へ出るフランス風の窓をあけて何心なく隣の小庭を見たらせまいコンクリートの内庭へ台を出して、十一二歳の少女が二人、洗濯をしていた。少女たちの洗いざらした灰色木綿の上っぱりは、伸子にベルリンの未決監獄で見た灰色木綿の服の色を思い出させた。二人の少女は、互にお喋りもしなければ、歌もうたわず、どう見ても洗濯日の仕事といういや応なしの働きぶりだった。伸子と素子とはしばらくその様子を眺めていて、いつも静かなその三階の建物は少女たちのための孤児院だと思うようになったのだった。
伸子は、露台からひっこみながら、
「あの子供たち、自分たちが洗濯をしている壁のむこうに、どんなものがあるか知っているのかしら」
と云った。そういう伸子の眼のなかに苦い憐憫が浮んだ。ホテルの三階の露台からこそ、石塀の左右の景色がひとめのうちにみおろせて、一方に淋しい孤児院があり、となりには同じ界隈のしずけさにつつまれながら、大人のお伽噺めいた麦藁屋根の緑の小屋が、黄色いカーテンをもって建っているのが眺められる。だけれども、同じ平面のこっちで洗濯をしている少女たちの視線は、せまく石塀によってかぎられているし、孤児院の方の窓々からそのおもしろい内庭も見えないらしかった。塀のそちら側にプラタナスがしげっていて、緑の小屋はその蔭によっているから。
こういうパリの片隅にある生活の情景は伸子の心をつよくとらえた。塀の灰色、
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