ゥ本源的な発酵力をぬかれて、みんながそれを知っていてそれを誇りにしている一つのフランス的なものとして様式化されてしまっているのではなかろうか、とさえ思われることがあった。自由《リベルテ》・平等《エガリテ》・博愛《フラタニティ》と三つの偉大な文字の鋳出されているサンティームの小銭には、何とすりへらされたのが多かったろう。ときどき伸子は、自分のひとさし指の腹ぐらいの小さいサンティームの銅貨の半円がまるで砥石ですったようにひどくすり減らされてそっち側のふちだけが薄く薄くなっているようなのを受取った。また全体が平らに磨滅して、鋳出されている自由も平等も博愛もとうに消えうせてしまって、小さい火傷のひきつれのような銅色に光っているのをもったこともある。
 モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]で、赤いロシア皮の財布に入れて伸子がつかっていた貨幣にも、標語が鋳出されていた。ロシアらしく厚手で大きい銅貨にも銀貨にも「万国の労働者、団結せよ」と鋳てあった。これは野暮だが、理論と実行の方向の示された言葉だった。その字が鋳出されている銅貨は、まだソヴェトの十年では新しかった。たとえそれがどんな形にすりへらされたにしても、そこに鋳出されている字は、その磨滅への絶えざる抗議を組織するようだった。自由・平等・博愛という言葉の響きは、愛ということばのように伝統の力でいきなり人々の情感にふれるからパリのすりへった小銭はそれを見るものにまざまざと厖大なパリに営まれている生活の、こまかい辛酸を生々しく感じさせるのだった。
「パリの人たちは、よっぽど皮肉な感情で、お金のああいう字を見ているのかしら」
 自由・平等・博愛という字のことにふれながら、伸子が云った。磯崎恭介は、
「さあ――」
と、格別そんな話題に興味をひかれる様子はなかった。
「どんな字をかいてあったって、十フランで買えるものが減って来るのにかわりはない、と思っているさ。パリの人たちは夢想家じゃありませんからね。そうでしょう? 須美子さん」
 素子に問いかけられた須美子は、まんじゅう頭のおかっぱの前髪の下に、黒くてきれの大きい眼を真面目に見ひらいて黙っている。パリへ来てから伸子のこころに印象されるものは、素子の解釈ではつくしきれないのだった。

        三

 ある日の午後三時ごろ、伸子と素子とはグラン・ブル※[#濁点付き片仮名
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