Sにこの|星の広場《プラース・ド・レトアール》から放射している。それら十二のブル※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ールから絶えず流れ出して来る自動車の群は、互の環にとけこみながら遠心力のこころよさを味うように凱旋門をぐるっとまわって、やがてそれぞれの街の入口へかかると、大きな円周ではしって来たリズムそのままふっ、ふっ、とそちらの方へ吸いこまれてゆく。伸子は、シャンゼリゼーとエトワールの角に立って、しばしばそのリズムに見とれた。この運動の感覚――正確なリズムと線の伸縮。そこには、音楽があり、舞踏の感覚があった。そしてパリでは、こういう感覚を描き出しているのが鳥打帽をかぶっている人々だということについて、伸子は云いつくされない感銘を与えられるのだった。パリの労働者たちは山高帽をかぶってはいなかった。
凱旋門のどっしりとした内壁の中央の地上には、ヨーロッパ大戦の無名戦士の墓があった。昼も夜も、そこは無名戦士に捧げられた一つの燈が燃えつづけ、墓の左右に一人ずつ今も当番の兵が立っていた。エトワールのこの光景は、グラン・ブル※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ールの生に飽和した雰囲気に対して、きわめて独特な効果を与えるようだった。壮重に、美しく、様式化されている無名戦士の墓の悲傷の象徴は、ブル※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ールの外国人たちに、あらわな戦争の惨禍を見せつけることはしない。生にまじる死さえ、パリでは一つの忘れがたいニュアンスであるかのように風景のうちに織りこまれている。ロンシャンの競馬場をふくむブーローニュの森《ボア》に通じる公園通りは、パリでよりぬきの金もちの邸宅を街すじの左右に構えさせながら、このエトワールからはじまっているのだった。
伸子は素子とつれだって、あらかた毎日をあちら、こちらの街なかで暮した。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]がそうであったように、パリも、全く別の極点で伸子を熱中させずにおかないものをもっていた。でもそれは何なのだろう。パリの何が伸子をそんなに刺戟しているのだろう。伸子たちがブル※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ールのまわりにいるのは夕方までだった。プラタナスの若葉を梳いていた西日が、細くふるえる金の線になって、マデレーヌ寺院の裏側のせまい石じき道に昼間の紙くずが、うすよごれたごみに見えはじめるころ、伸
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